「…久しぶりだな、この街に来たのも」
ヒユウ・ビガロ・ビクトルースは、街に到着するなり、感慨深そうに呟いた。
ここは、グラストリア北西部にあるフィガロニア地方の首都・フィガロニア帝国の城下街・フィガロシティ。
「フィガロ」の名の付くとおり、このグラストリア北西部は、闇の神霊王フィガロの守
護する地域である。
そして、このフィガロシティの神霊士養成所(プラーナーズ・アカデミー)にてヒユウは気法を学び、若くし
て神霊士の最高峰でもある最高神霊士(プラーナ・マスター)の称号を授かった。
もちろん、このフィガロシティで学ぶ気法は闇を行使するものである。
…もっとも、今の彼の場合、この肩書きはあくまで「表向き」のものでしかないのだが。

(…少し早く来すぎたな)
ヒユウは、かつて自分が気法を学んだ神霊士養成所から臨時講師要請の以来を受け、それを務める為にこの
街を訪れた。
臨時講師を務める際の打ち合わせなどもあるため、予定よりもある程度早く到着するつもりだった。
…しかし、ヒユウが到着したのはジヴァの刻。打ち合わせの開始予定時刻はデュラクの刻。
2刻も早く到着してしまったのである。
「さて、どうしたものか」
なんとはなしに、呟いてみる。そうしたところで、何も変化は起きないが。
(とりあえず、前によく通ってたあの店に行くか。今朝は急ぐあまり、ろくに食ってないし)

「いらっしゃい─おお、ヒユウじゃないか!」
ヒユウは養成所時代、よく利用していたこじんまりとした喫茶店。
ここのマスター─ヒユウが今しがたオヤジさんと呼んだ人物─の人柄もよく、料理の味もいい。
そんなわけで、養成所の生徒だけでなく、この近所に住む人達にも人気があった。
ただ、今は時間が時間なだけに客は少ないが。
「久しぶり、オヤジさん。ボクが前によく食ってたアレ、まだある?」
「もちろんだよ。今でも人気メニューの1つさね。で、飲み物は何にする?」
「聞かなくても判るくせに」
「ハハハ、違ぇねェや。待ってろよ、今すぐ作ってやっからな」
「なるべく早く頼む」
「あいよ」
豪快に笑いつつ、マスターは厨房で調理を始めた。
(相変わらずだな、オヤジさん)
ふと感じた懐かしさに、ヒユウは安堵したように嘆息した。
「あいよ。待たせたな」
ほどなくして、ヒユウの前にスモークラムのサンドイッチとヨーグルトソーダの載ったトレイが置かれた。
「サンキュー。早速戴くよ」
言いつつ、ヒユウはサンドイッチを口に運んだその時。
「ひったくりだ〜!」
一気に表通りが騒がしくなる。
「やれやれ、またか…」
マスターが肩をすくめつつ、諦め口調で呟いた刹那。
勢いよく店の扉が開けられ、一人の男がなだれ込んで来た。その手にはナイフ。
そして、その後すぐに一人の女性。彼女は神霊士の格好をしていた。
「もう逃がさないですよ〜!わたしのお財布、返して下さ〜い!」
「ちいっ!」
どうやら、女性の財布を男がひったくり、それを追いかけていた、というところか。

はぅ、とヒユウは溜息をついた。それが男の気に触ったのだろう。
「てめえっ、何スカしてやがる!」
言うなり、男はヒユウの後ろに回りこみ、首筋にナイフを突きつけた。
「動くんじゃねえぞ、動いた瞬間そのツラズタズタになるぜ」
はぁ…さらにヒユウの溜息。さらに激昂する男。
「てめえっ!いい加減に…」
「ケンカを売る相手を間違えたな
」 相手のセリフを遮って響くヒユウの声。

ごすっ。

ヒユウの声の後、ワンテンポ遅れて鈍い音。その後は男が顔を抱えてうずくまる。
ヒユウはそのままの体勢で、相手の顔面に裏拳を叩き込んでいたのだ。
「てめっ…」
男は改めてヒユウに斬りかかる。しかし─。

ゴッ、ズダン!

ヒユウは慌てず男の腹部に蹴りを叩き込み、そのまま足を払って転倒させる。
「少し大人しくしてろ。影射剣(シャドウ・ダガー)!」
ヒユウは倒れた男の服の裾を狙い、闇の気法で造り出した短剣を撃ち放つ。
男は、床に縫いとめられる形となった。
「店を荒らしてすまない、オヤジさん」
「なぁに、こんなの荒れたうちに入らねぇよ。このバカのしてくれてありがとうな、ヒユウ」
「それより、早いとこ役所に突き出したほうがいいぞ」
ヒユウは溜息混じりに言い放ち、席に戻った。
なぜか自分の前には、先ほどの女性─いや、まだ自分より若干幼いため、少女でも通るだろう─が座っていた。
「何の用だ?別に例を言われる筋合いはない」
「あ〜!さっきマスターがヒユウって言ってたから、もしかと思ったらやっぱりヒユウ君です〜!」
「いきなり大声を出すな…。で、なんでボクの名を知っている?」
「もう、ひどいです〜!わたしですよ〜!養成所で同じフィン先生の教室だったラズフィア・ゴッドムーンです〜!」
彼女は声を荒げて─いるつもりなのだろうが。
いかんせんそののんびりした口調のために、迫力がいまいち伝わってこないが。
(…思い出した。思い出したくないやっかいな事まで)
さっき、何故自分の名前を知ってるかと聞いた時点で気付くべきだったのだろう。
目の前に座る彼女が、ラズ─教室内、というより養成所内での彼女のニックネーム─である事に。
確か、「ヒユウ親衛隊」などと名乗って、いつも自分のことを追い掛け回していた。
何を隠そう、そのメインパーソンが彼女、ラズだった。
「…で、一体何の用だ?」
正直言うと、ヒユウはこれ以上彼女と関りあいたくは無かった。
だが、自分から声を掛けてしまった以上、無視を決め込む訳にはいかない。
ヒユウは、内心疲れながら彼女に聞いた。
「ええ、ヒユウ君になら安心して頼めそうです〜」
思えば、彼が今回被った災難は、この瞬間に始まったのかも知れなかった─。

          *          *          *

「─では、今日の講義はここまで。各自、もう一度資料に目を通すように。以上、解散」
講堂に、講義終了を告げるヒユウの声が高らかに響きわたる。
ヒユウが受けた臨時講師の契約期間は1週間。今日はその3日目である。
初日はこういった講義を行う事自体が初めてだったため、多少ぎこちないものはあったものの、
3日目ともなると少しさまになってきている。
本来、ヒユウはこういった教え事というのはあまり得意ではなかった。
自分で物事はしっかり理解しているが、それを他人にうまく説明する、という事が苦手なのだ。
とはいえ、彼自身は気付いていないが、この3日間で見違える、とまでは行かないものの、それ
なりに他人へのうまい説明の仕方を学び取っていた。

「ふぅ…」
宿代わりとして養成所から提供された、養成所宿舎の一室で、ヒユウはなんとなく溜息をついた。
講師用の紋章が入ったチュニックとズボンを脱いでハンガーにかけ、ヒユウはレザーパンツとレザースリーブのシャツという普段着ている服装に戻った。
ほどなくして、ドアをノックする音。訪問者の大体の想像はついていた。
正直言って居留守を決め込みたかったが、あいにくドアには小さなウインドウが付いている。
居留守を使ったところですぐ相手にバレる。
ヒユウは観念してドアを開けた。
訪問者は、ヒユウの想像通りラズフィアだった。
「こんにちわぁ〜!おじゃましま〜すぅ!」
相変わらず、のんびりした口調である。
「頼むから大声で喋らないでくれ…」
ヒユウは辟易しつつも、とりあえず彼女を部屋へと招き入れた。

「…で、この間の話の続きか」
ラズに紅茶を用意しつつ、ヒユウは話を切り出した。
この前、あの喫茶店でラズは、自分になら頼めそう、と話していた。
おおかた、その話にでも来たのだろう。
「は〜い、そうなんです〜!」
ヒユウの想像通りの答えが返ってきた。
「何なんだ?その、ボクに頼みたい事、ってのは」
「神苑の闇遺跡、って覚えてます?」
「ああ…養成所の実習で行った、あの遺跡のことか?」
「実は今度、あの遺跡を調査しようと思うんです〜」
「調査って言っても…もうあの遺跡はあらかた探索されてるはずだぞ。
今更探索したって、目新しいものなんか何も出てこないと思う」
「実はですねぇ、最近あの遺跡の隠された通路や部屋が幾つか発見されたんですよ〜!」
「…本当なのか?その話」
「間違い無いです〜!何しろ、発見したのは私なんですから〜!」
「へぇ…そりゃすごい。で、その発見された通路や部屋は養成所に報告したのか?」
「勿論ですよ〜!そんな大事な事隠蔽してたら、せっかく苦労して取得した最高神霊士の称号、剥奪されちゃいますよぉ」
「まあ、そりゃそうだな…って、ラズも最高神霊士になってたのか」
「半年くらい前ですよ〜」
「なるほどね…で、その新しく見つかった箇所の調査を一緒にして欲しい、と」
「そうなんですぅ。お願いできますかぁ?」
基本的に、こういった遺跡などで新規に発見された箇所は、その箇所の発見を報告した者に調査・探索の権限がある。
もちろん、その報告者が「調査しない」と言った場合は、手つかずの状態となる。
そして、今回はラズがその場所を見つけたために、彼女が調査・探索の権限を持っている、という事になる。
(いい機会だ、やってみるのも悪くないか。断る理由もないし)
ヒユウは、こういった遺跡の新規箇所の調査・探索にはまだ立ち会った事が無かった
ため、非常に興味があった。
少し考えた末に、ヒユウは答えた。
「…よし、判った。手伝おう」
「ホントですかぁ!?ありがとうございます〜!」
「ただ、今はまだ臨時講師の期間だから、実際に行動を起こすのはその後になるぞ」
「は〜い、わかりましたぁ!それじゃあ、よろしくお願いしま〜す!」
「ああ、当日はよろしく頼む」
「よろしくお願いしま〜す!それじゃあ!」
ラズははしゃぎながらヒユウの部屋を後にしていった。 (─やれやれ) 溜息をつきながらも、ヒユウの顔は始めて体験する遺跡調査に期待を膨らませていた。

          *          *          *

「…よし、準備OK。そろそろラズを迎えに行くか」
あれから5日後。ヒユウが週間の臨時講師を無事に勤め上げた翌日である。
その講義の成否は、最終日の講義終了の宣言後に起きた拍手の渦を聞けば、一目同然である。
そして、今日からラズに頼まれた、神苑の闇遺跡にて彼女が発見したという、新発見箇所の調査へと向かう事に
なっていたのだが。
その準備に追われるうちに、結局午後近くなってしまった。
ラズの元へ向かう前に、ヒユウは自分の装備を再確認する。
いつも着ているレザースリーブのシャツにレザーパンツ、オニキス製のタリスマンを組み込んだバックル付ベルト。
闇の最高神霊士の証である紋章が縫い込まれた黒いマント。
メタルストーン製のチェストプレート、ナックルガード付のアームガード、レガース付のブーツ。
腰のホルスターには、愛用のカタールタイプのクロウ。そして、自慢の黒髪で片目を隠す彼なりのスタイル。
「…大丈夫だな」
軽く呟いて、ヒユウは部屋を後にした。

「あ〜、ヒユウ君待ちましたよ〜!」
「済まない、準備に手間取った」
養成所前で、ラズは待ちくたびれていた様子だった。
黒いロングスリーブの上着とミニスカート、胸にはいつも付けている紅いロザリオ。
ピンク色の髪を包むのは彼女の愛用品、大きい丸つばに頭頂部が尖った帽子。
そして、手には調査用道具が満載されているのであろうツールボックス。
「それじゃ。行きましょ〜!」
「ああ、そうだな」

フィガロシティから半刻ほど東に歩いたところに、目的地の神苑の闇遺跡へと到着した。
「さて…調査の前に野営の場所を決めておくか」
「そうですねぇ…。あ、あそこなんてどうですかぁ?」
ラズが指差したのは小川の畔。テントを張るには最適な場所である。
「うん、良さそうな場所だ。そこにしよう。ラズ、手伝ってくれ」
「は〜い!」
言いつつ、二人はテントを張る準備に取り掛かった。

結局、テントを張ったら空が朱の色に染まってしまった。
「これじゃあ、本格的な調査は明日からだな…明日に備えて今日は早く休むか」
「そうですねぇ〜。じゃあ、ちょっと早いけど夕ごはんにしましょう〜!」
「ああ。ボクはそこの川で魚釣ってくるよ」
「は〜い、お願いします〜!私は薪を集めておきますねぇ〜!」
ヒユウはラズの声を背に、川辺へと座り込んだ。
そして30分程して、ヒユウは十数匹の魚を釣って来た。
ラズも既に焚火を灯していた。

夕食を平らげた後、二人はテントの中で調査計画を練っていた。
「まず、地図を見せてくれるか?どこが新しく見つかった場所なのかを知っておきたい」
「は〜い、ちょっと待ってて下さい〜。え〜と…まずはここですね〜」
ラズが示したのは、入口のすぐそばにある三叉路の地点を指した。
そのうち、地図上では右方に延びている道は途中で途切れていた。
恐らく、ここが新たに見つかった場所なのだろう。
「ここか…」
「他にもまだあるんですけど、まずはここから調べていきましょうか〜?」
「そうだな…後はどこだ?」
「え〜と確か…ここですね〜」
対してこちらは、最深部に近い場所だった。
「…なんだか随分極端だな。よりにもよって最深部と最浅部にあるなんて」
「面白いですよねぇ〜」
思わず率直な感想をこぼすヒユウに、相変わらずな口調のラズ。
「確かに面白いけどなぁ…まあ、とにかくまずはこっちの入口に近い方から調査、でいいんだな?」
「は〜い、よろしくお願いしますぅ〜!」
「よし…この位にして寝るか…。明日から忙しくなりそうだな」
「そうですねぇ〜。それじゃ、お休みなさ〜い!」
言いつつ、ラズは自分のテントへと戻って行った。

「…寝れん!」
ヒユウはテントの中で思わず叫んだ。彼にしては珍しく気分が昂って眠れない。
(少し遺跡の空気に体を慣らしておくか)
ヒユウはクロウだけ持って遺跡へと入っていった。
「ふぅ…これで少しは落ち着けるか」
遺跡内独特のひんやりした空気にあたり、ヒユウは気分が落ち着いてきたようだった。
「─しかし、本当に無事に終わるといいんだが…」
未体験の出来事に若干の不安は残る。
(まあ、なるようになるさ─)
気分を切り替え、ヒユウはテントへと戻って行った。

          *          *          *

「ヒユウ君〜、おはようございま〜す!」
「ふぁ…眠い」
元気に挨拶してくるラズに、ヒユウはあくび混じりに答えた。
ヒユウは、朝にはめっぽう弱いほうだった。
それでも朝食を食べ始める頃には目も冴えて来た。

朝食を食べ終え、いよいよ二人は遺跡の調査に入った。
「確か…最初はこの通路からだったな」
地図を見ながら、ヒユウはラズに手順を確認する。
「は〜い、そうです〜。あ、そうそう。遺跡に入る前にこれ、渡しておきます〜」
言いつつラズに渡されたのは、一組のバングルだった。
中央には透明な石が埋め込まれ、その石の周りには気法文字(ワード)が掘り込まれていた。
「なんだ?このバングル」
「えへへへ〜。私の遺跡調査の時の必需品なんですよ〜。使い方の説明するから、はめて下さ〜い」
言われて、両腕にバングルをはめるヒユウ。
「はめましたか〜?そうしたら、石の周りに彫られている気法文字を左回りに一回なぞって下さ〜い」
ヒユウが言われた通りにバングルの文字をなぞったその直後。
埋め込まれた石が光を発し始めた。
「なるほど…バングル型の照明器具、って事か」
「そうなんです〜!ちなみに、明かりを消す時は気法文字を右回りになぞって下さ〜い」
「どの位使えるんだ?」
「消さない限り、ず〜っと使えますよぉ」
「へぇ…便利だな」
「そうでしょ〜!?それじゃ、そろそろ行きましょうか〜?」
「ああ」
こうして、二人は遺跡の中へと潜って行った。

まず、最初の調査地点である三叉路に着いた。ラズから借りたバングルの光量は十分で、かなり遠くまで見渡せる。
ここを右方に行けば、見探索地域へと入る。
「しかし…よくこんな所見つけたな」
「実はぁ…この前ここに遊びに来たとき、この辺で魔物に遭っちゃって…。
その時、私の撃った気法の流れ弾がその壁に当たって…見つけたんですよぉ」
「まさに行き当たりばったりだな…」

そんな他愛も無い事を話している最中、前から深緑色の影が近付いてきた。
よく見てみると、20匹程のゴブリンの群れだった。
「丁度いい…しばらく体を動かしてなかったからちょっと退屈してたとこだ。ボクが片付ける」
ホルスターからクロウを抜き放ちつつ、ヒユウは言った。
「大丈夫ですかぁ?」
「この程度の数、何てこと無い」
少し不安がるラズを尻目に、ヒユウは軽口を飛ばしながらゴブリンの群れへと突っ込んだ。

「テヤアッ!」
ヒユウのクロウが、一体のゴブリンの腹部を大きく薙ぐ。その反動を利用して、次の一体に蹴りと踵落としを見舞う。
高々と振り上げられたヒユウの踵が、鈍い音を立ててゴブリンの脳天を砕く。
「暗黒槍(ダーク・ジャベリン)!」
少し離れたゴブリンに向けて、闇の気法で作り出した槍を撃ち出す。
ゴブリンはその槍をまともに食らい、その後ろに居た2,3匹のゴブリンをもまとめて貫いた。
「黒爪刃(ブラック・クロウ)!」
別のゴブリンに向けて、今度は闇の爪による斬撃気法を放つ。放たれた爪は空間を超越して、ゴブリンの胴を深々と斬り裂く。
「セィヤァッ!」
さらに別の数匹の方に向かい、手にしたクロウで次々とゴブリンを斬り裂いていった。
その光景は、さながら輪舞(ロンド)を舞うかのように美しく、そして力強かった。
そして、ものの10分も経たない内に、ゴブリン達は全滅していた。

「ふぅ…」
クロウに着いた血を払いつつ、ヒユウは呼吸を整えた。
「すごーい!さすがヒユウ君ですー!」
「この程度の連中、どうってことない。それより、先を急ぐぞ」
「はーい!」
駆け寄ってくるラズに、静かに言うヒユウ。
そして程なくして、1枚の扉の前に辿りついた。

「…開けるぞ」
ヒユウが確認しつつ、扉を開けた。
部屋の中は、小さな祭壇のようになっていた。
「何に使われた部屋だったんでしょうねぇ…ここ」
「判らないけど…とにかく調べてみるか」
「は〜い」
部屋の中を探索するうちに、ヒユウは祭壇の下に隠された、大きな箱を見つけた。
「ラズ、何だと思う?」
「判らないですぅ…でも、かなり大きな箱ですよねぇ」
「ああ…とにかく開けてみるか」
ヒユウはその箱を開けた。中には、一体の手足を縛られたミイラが入っていた。
「キャ〜!」
そのミイラを見た瞬間、ラズは悲鳴を上げた。
「驚かすなよ!」
「ごめんなさ〜い、びっくりしちゃったんですぅ〜」
「まったく…ん、なんだこれ」
「どうしたんですかぁ?」
何かを見つけたヒユウに問いかけるラズ。
ヒユウが手に持っていたのは、1枚の紙切れだった。
「何でしょう…これ?」
「これは…古代語だ。ラズ、古代語の辞書、今あるか?」
「もっちろん、持って来てますよぉ〜!今出しますねぇ〜!」
ラズはツールボックスから古代語の辞書を取り出し、ヒユウに手渡す。
そして、ヒユウはその紙に書かれていた古代語を翻訳し始めた。

「なになに…『彼の者、咎人アモストロ。忌まわしき傀儡(くぐつ)を造り出し、
王国にて多大なる破壊、殺戮をもたらした罪により、ここに生涯幽閉する』って書いてある」
「じゃあ、ここってある意味監獄として使われていたんですねぇ…」
「そうらしいな…ん、続きがある。『彼の者生み出しし傀儡、ここより離れし地にて永劫に封印する。この両者封じし─』
…ここで途切れてる」
「残念ですねぇ」
「そうだな…続きが気になるが、仕方が無いか」
「そうですねぇ…」
仕方なく紙切れを諦め、再び部屋の探索に入るが、真新しいものはもう見当たらない。
今日の調査は、これで打ち切りとなった。

「あまり、たいした物は見つからなかったな…」
「何言ってるんですかぁ。これだけでも随分な収穫でしたよぉ」
「そうなのか?」
「この遺跡が何のために作られたのか判ったんですから〜!」
「そうか…こうやって、遺跡の建てられた意味とかが判っていたんだな…」
ヒユウは改めて、遺跡調査の大切さを思い知った。
「さあ、明日はもう一個の部屋の調査ですよ〜!明日も張り切って行きましょ〜!」
「…そうだな」
「それじゃあ、お休みなさ〜い!
「ああ…それじゃ」

ラズをテントに送った後。ヒユウは、物思いにふけっていた。
(明日は、何が見つかるのだろう─?)
ヒユウは、高鳴る気持ちを抑えつつ、眠りについた。

          *          *          *

「ヒユウ君〜、おはようございまぁ〜す!」
「ああ…おはよう」
相変わらず元気なラズに、まだ眠そうなヒユウ。

朝食を済ませて遺跡の中に入ろうとした時、ヒユウはラズにある提案をした。
「なぁ、ラズ。今後の調査の事で相談があるんだが」
「何ですかぁ?」
「今日からは、テントを遺跡の内部に持っていこうと思う。そうすれば、わざわざ調査が終わった時にここに戻ってこなくて済むし」
「ヒユウ君…それはあんまり得策じゃないですぅ」
「何故だ?」
「遺跡の中で眠るっていうのは、たった数日間だったとしても、すごく危険なんですぅ」
「…どういうことだ?」
「いいですかぁ、もし、遺跡の中で寝泊りしてて、天井がいきなり崩れだしたりしたら、
逃げられないで私達生き埋めになっちゃいますよぉ」
「…そうか…」
「それに、これから私達が向かうところはどんなに危険かどうかも判らないじゃないですかぁ」
「そうだったな…すまん、軽率だった」
「いいんですよぉ。それより、今日の調査場所に行きましょ〜!」
「ああ…そうだな」
こうしたやり取りをしつつ、二人は遺跡に入っていった。

地図を見つつ、遺跡の中を進む二人。
もちろん、あのバングル型照明をはめ、視界は確保している。
昨日は入口近くしか探索していなかったので判らなかったが、中は養成所の実習で行った時となんら変わってはいなかった。
「しかし…あれから本当に一切手を加えてないんだな」
「そうなんですぅ。でも、魔物は減る気配はないから不思議ですよねぇ」
「大方、魔物どもが勝手にこの遺跡をねぐらにしてるんだろ」
「じゃあ、スペクターなんかもそうなんですかねぇ?」
「多分な…と…ラズ、静かに」
「どうしたんですかぁ?」
「気付かないか…?気配が近づいてくる」
ヒユウはわずかに流れる何かの気配を感知し、ホルスターからクロウを抜いた。
「何も感じないですけどぉ…」
「意識を闇に溶け込ませてみろ」
「あ、ほんとですぅ。この気配は多分ウィル・オ・ウィスプですねぇ」
「…来るぞ、ラズ」
「まっかせて下さい!」
慎重に間合を計る二人。風の吹き込まない遺跡の中で、風が流れる感覚を覚えたその刹那。
目の前に現れた青白い光の珠が現れた。
ウィル・オ・ウィスプである。
見た目はただの光の珠なのだが、触れられるとその箇所がどす黒い斑点となり、そこから生命力を吸い上げられてしまう、なかなか気の置けない魔物である。
「陰鋏断(シェイディー・シザース)!」
ラズが放った二枚の闇の刃は、鋏の如くウィル・オ・ウィスプを真っ二つに断ち割った。

ひゅぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!

刹那、響く金切り声のような断末魔の悲鳴。
「えへへ〜、ヒユウ君、私も強いでしょ〜?」
「ああ、でなければ初めから同行してない」

ウィル・オ・ウィスプを退治して間もなく、今回の目的地に着いた。
「さて、と…この部屋だったよな、ラズ?」
「そうで〜す!えっと…確かこの辺にスイッチがあったはずなんですけど…あ、ありましたぁ!」
ラズの言葉とは裏腹に、それらしきものは見当たらない。
「…どこにもないぞ?」
「今私が触ってるこのブロックそのものがスイッチなんですよ〜」
「なるほどな…」
「それじゃ〜、押しますよ〜。えいっ!」
ラズがスイッチを押すと、部屋の中央の床が開き、地下へと通じる階段が現れた。
「ここから先は、私も何があるか判りませ〜ん。注意してくださいねぇ〜!」
「…判ってる」
ヒユウが前に立ち、階段を下りていく。階段の先には、更に通路が続いていた。
この通路は高さや幅がやたらと広く取られており、さらにはうっすらと緑色の光を放っていた。
「すご〜い、綺麗ですぅ」
「ヒカリゴケじゃ…ないよな。なんなんだろう、この光…」
「気法文字も掘り込まれてないみたいです〜。不思議ですねぇ…」
「ああ…」

階段から10分くらい歩いた先に、扉が見えた。これだけ通路が広いと、ただの扉でも相当大きいサイズになっている。
二人がかりでようやくその扉を開けると、そこには凄まじい広さの部屋があった。
何しろ、入口から部屋の全貌を見渡せないほど奥行きがあり、さらに天井もゆうに10メートルくらいはある。
「何なんだ…この馬鹿でかい部屋…」
「ひっろいですねぇ…」
奥に歩いてゆくと、そこにはなにやら黒く巨大な筒状の物体が起っていた。
そして、その物体の横にあった石版には、昨日見つけた紙に書かれていたものと同じ古代語が掘り込まれていた。
ヒユウはラズから古代語の辞書を借り、石版の文字を訳し始めた。
「…『咎人アモストロにより造られし悪魔の傀儡、ここに永劫にわたり封ずる。
何人たりとも、この封印を解くべからず』って書いてある…。
つまり、ここは監獄であると同時に、兵器の封印施設でもあったのか…。で、これがそれを封印するための柱、ってところか」
「これで、ここの遺跡が何のために建てられたのか、ってことが判りましたねぇ〜!
やった〜!」
遺跡の建築目的が判明し、喜びのあまりラズが叫んだ刹那。

おぉぉぉぉぉぉ…ん

何かの唸り声が部屋に響いた。
「何だ…一体?」
「ヒ、ヒユウ君、後ろ見てください〜!」
「封印の柱が…揺れている…まさか…!」
封印の決壊。そして傀儡の覚醒。ヒユウは、一番起きて欲しくない事態を想像した。
そしてその想像は、瞬く間に現実となった。

りゅごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!

呆然と立ちすくむ二人を尻目に、封印を破った傀儡は叫び声を上げた。
まるで、封印が解けたことを喜ぶかのように─

          *          *          *

「よりにもよってこんな事になるなんてな…」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよぉ〜!」
目覚めつつある傀儡を前に舌打ちするヒユウに、お決まりのセリフを返すラズ。
「とにかく…一旦逃げるぞ、ラズ!」
「言われなくても判ってますぅ〜!!」
あくまで冷静なヒユウ。パニックに陥るラズ。何とか扉にたどり着く。
そしてこの大広間を出るため、扉に手をかけるヒユウ。しかし…。

「ど、どうしたんですか〜、ヒユウ君〜!!」
「扉が…開かない!!」
「えぇえ〜!!?」
まさに泣きっ面に蜂。
よく見ると、何かの封印のようなものが扉になされていた。もちろん、この部屋に入るときにはこんなものはなかった。
何らかのショックで傀儡の封印が解けた時、この部屋自体が封印となる構造になっていたのだろう。

「黒撃砕波(ダーク・ウェイブ)!」
ヒユウは扉に気法で闇の波動を放つが、びくともしない。同じように壁にも同じ気法を打ち込んでみたが、結果は同じだった。
この部屋は、完全に外部からシャットダウンされた状態になってしまっているようだ。

「ど、どうするんですか〜!?」
ある程度還ってくる答えは想像できていたが、一応ヒユウに問いかけるラズ。
「決まってるだろ…ボク達でこいつを倒すしかないな」
「やっぱり、ですかぁ〜」
予想通りのヒユウの返答に、やや肩を落とすラズ。
「ラズ、来るぞ!」
「もう…こうなったらやりますよぉ〜!!」
覚悟を決めたのか、ラズは大声を出して自らを奮い立たせた。ヒユウも既にクロウを抜き放ち、構えている。

「ラズ、援護してくれ!!」
「判りましたぁ〜!影黒弾(シャドウ・クレイモア)!」
言いつつ傀儡に突進するヒユウを、ラズは小さな闇の弾丸を掌から連続して打ち出す。

ドガアアアアアアアッ!

闇の弾丸は次々と傀儡に着弾するが、傀儡はひるんだ様子をちらりとも見せない。

「テヤアァ!」

間髪おかずに、ヒユウはクロウで傀儡に斬りかかる。
しかし、傀儡は意外に素早くヒユウの攻撃に反応し、ヒユウの攻撃を回避する。
さらに追撃しようと追いすがるヒユウ。傀儡はそれを見て腕から細い刃を出し、反撃に応じる。

ガキン! キィイン! カン! カン! キィィン!

激しく斬り結ぶヒユウと傀儡。
「影射剣(シャドウ・ダガー)!」
至近距離から連続して気法で闇の短剣を打ち出すが、傀儡はこの至近距離で気法の直撃を受けても平然としている。
「何…!?」
その事実を目の当たりにし、ヒユウは無意識の内に足を止めてしまう。
傀儡はその隙を見逃さず、至近距離から不可視の衝撃波をヒユウに向けて放つ!
至近距離からの一撃を避けられず、衝撃波を食らって吹っ飛ぶヒユウ。
「黒砕撃波(ダーク・ウェイブ)!」
さらにヒユウに追いすがる傀儡に対し、ラズは闇の波動を放つ。
やはり防御もせずに受けるが、着弾の衝撃に耐えられずに吹っ飛ぶ傀儡。その隙に、ヒユウは体勢を立て直す。

「大丈夫ですかぁ、ヒユウ君!?」
「この程度…どうって事無い」
ラズが心配して駆け寄るラズに、呼吸を整えつつ落ち着いた口調で応じるヒユウ。
「でも、あの防御力…どうやって倒すんですかぁ…?」
やや弱気な口調で問いかけるラズ。
「確かに…あの防御力は異常すきる。けど…アイツは一つやってはいけないことをやった」
「??なんですかぁ?」
「ボクを本気にさせた事だ。怨むなら自分自身を怨め…ボクに本気を出させた自分自身を、な…」
傀儡に向き直りながら静かに、しかし強く言い放つヒユウ。
その言葉は、さながら研ぎ澄まされた刃のように力強く、鋭く、そして寒々しい。

「でもでもヒユウ君、どうやって倒すんですかぁ?私達の気法も全然効いてないみたいですしぃ…」
先ほどの戦闘で気法が殆ど効いていない事を目の当たりにして、ラズは不安そうにヒユウに問う。
「大丈夫だ。今までの戦いで、奴の弱点を幾つか見つけた。そこを突けば勝てる」
自信を持ってラズに応えるヒユウ。
「ホントですかぁ?すごいですぅ〜!!」
「よし、作戦はこうだ。ラズはとにかく暗弾爆(ダーク・ボム)を連発してくれ。
ただ、奴に着弾する瞬間で破裂させて、爆風のみを奴に当てるようにして欲しい」
「判りましたぁ。…それで、ヒユウ君はどうするんですかぁ?」
「ボクはその爆風を利用して接近戦に持ち込む。
何となくだけど、奴は恐らく、接近戦を嫌っている節がある。そこに付け入れば幾らでも勝機はある」
「でも、危なく無いですかぁ?もしかしたら、私の撃った気法の爆風に巻き込まれちゃうかも知れないですよぉ」
「ボクを誰だと思っている…?ボクの名はヒユウ・ビガロ・ビクトルース。闇の神霊選択者(プラーナ・セレクター)だ」
「!? それって…」
「話は後だ。ボクが本当に神霊選択者かどうかはこの戦いの中で見せてやる…行くぞ、ラズ」
「はいっ!行きますよぉ〜!」

ヒユウ達に向かって突っ込んでくる傀儡。
「暗弾爆(ダーク・ボム)!」
それに対し、ラズが気法で黒い球体を連続で放って応戦する。
もちろん、ヒユウの立てた作戦通りに傀儡に着弾する瞬間に球体を破裂させ、その爆風のみを当てている。

ヒユウもそれに呼応して、作戦通り接近戦に持ち込むために疾る。
目の前の傀儡は、気法によって起こった爆風の煽りをまともに受け、吹き飛ばされる。
「思ったとおりだ・・・! 弱点その1、気法によるダメージは防げても、その衝撃には耐えられない!」
さっきの戦いの中でヒユウが見つけた弱点の1つ目はこれだった。
つまり、傀儡は何らかの方法で自らに放たれた気法は無効化することはできる。
しかし、その気法を受け止めた際の衝撃までは無効化できなかったのである。

「弱点その2…よって、接近戦で受ける直接衝撃も防げない!」
言いつつ、吹っ飛んだ傀儡が体勢を立て直す前に傀儡の腹部に蹴りを放つ。
その思惑通り、ヒユウの蹴りを受けて吹き飛ぶ傀儡。追撃のため、さらにヒユウは追いすがる。
「見せてやるよ、ラズ。これが…ボクが神霊選択者である証だ…黒拳砕破(ブラック・フィスト)!!」
ヒユウは気法で自分の手を闇で覆い、その拳で傀儡を殴打する。さらに吹き飛ぶ傀儡。
「今の気法…何なんですかぁ…」
ヒユウが今使った気法は、ラズの知らないものだった。
「今の気法が…ボクが神霊選択者である証の一つ。気法創造能力だ。
神霊選択者は、その生涯のうちで一つだけ、新たに神霊気法を作ることが出来る。
今の気法が、ボクが創造した気法さ。他にもまだあるけど…今はまだ見せられないな」
「本当に…存在したんですねぇ…神霊選択者って…」
神霊選択者は、このグラストリアの民なら誰でも知っている伝説の存在である。
ラズもそれを今目の当たりにするまでは、御伽話の中での存在のみと思っていた。
それがまさか実在したとは。それも、自分の見知った人間が神霊選択者になっていたとは…ラズは、驚きを隠せなかった。
「それより、今はアイツを倒すのが先決だろ」
ヒユウの言葉どおり、あれだけのダメージを受けてなお、まだ立ち上がろうとする傀儡。

「そして、弱点その3…この気法のように防ぎようのない攻撃手段は防げない…。闇餓烈空球(ダーク・スフィア)!」
ヒユウは傀儡に対して、気法で黒い球体を撃つ。
その球体が傀儡の腹部に着弾した瞬間、周囲の空間ごと着弾した箇所が抉り取られる。
今の気法で、完全に機能が停止したようだ。傀儡は膝をつき、その姿勢のまま動かなくなった。

「何とか…終わりましたねぇ」
「まあな…でもまだ、仕上げが残ってる」
「仕上げ、ですかぁ…?」
ヒユウの一言を聞いて疑問に思うラズ。ヒユウは傀儡に近づく。そしておもむろにクロウを振りかざし、動かなくなった傀儡の腕を斬り落とす。
その腕を拾い上げ、ラズに向けて放り渡す。
「何ですかぁ?この腕…」
「それがあれば、今回の探索の証拠になるだろ?」
「あ…ありがとうございますぅ〜!」
それを受け、大はしゃぎするラズ。やれやれ、といった風に振り返るヒユウ。
しかし、振り返った瞬間、ヒユウは驚愕する事になった。

「傀儡が…まだ生きている…!」
「えぇ〜!?ほ、ほんとですかぁ〜!?」
ヒユウの言ったとおり、傀儡は立ち上がっていた。
動く気配は未だ見せない。しかし、腹部に受けた損傷がゆっくりではあるものの、確実に修復されていく。
「ど、どうするんですかぁ〜?」
半ばパニックに陥りながらヒユウに問うラズ。
「仕方ない…これから完全に奴を消滅させる。その間、気法で攻撃を続けて奴の再生を食い止めてくれ」
「判りましたぁ!黒砕撃波(ダーク・ウェイブ)!」
立て続けに気法で闇の波動を連続で放つラズ。それと同時に、ヒユウは言魂(ワーズ)の詠唱を始める。
「夜を護りし粋なる黒き者、汝の名は闇…我が名において、我今ここに汝に願わん…
我が前に在りし邪なる者に、深遠の淵への誘いの手を差し伸べん事を…!魔黒鏡封陣(ダークネス・プリズン)!!」
ヒユウは気法を発動させた。気法によって生み出された黒き鏡が傀儡の姿を映し出すと、傀儡は瞬く間に鏡の中へと封じられた。
そして、その鏡がひとりでに割れる。その破片の中に、傀儡の姿は無い。傀儡は、完全に消滅したのだ。

「今の気法…何なんですかぁ…?」
またも知らない気法を目の当たりにし、ラズは呆気にとられている。
「今の気法が、証の気法(プラーナ・オブ・プルーフ)って言うもので、この証の気法の行使能力こそが、ボクが神霊選択者である最大の証だ。
ちなみにさっき使った黒拳砕破(ブラック・フィスト)は、きちんと練習すれば誰にだって使えるようになる。
けど、この魔黒鏡封陣(ダークネス・プリズン)だけはどんな事があっても絶対に使えない」
「何でですかぁ?」
「一応、使うこと自体は誰でも出来る。けど、普通の人間が使ったら、気法発動の負荷に耐えられずに、その人の肉体が消滅してしまう」
「そうなんですかぁ…」
「さて…ようやく全てが終わったし、帰るとするか。傀儡を消滅させたから、部屋の封印も解けてるだろ」
ヒユウの推察どおり、扉の封印は消滅していた。これで、ようやくこの部屋から出られる。
「それじゃあ、帰りましょうか〜!」
「ああ…」

          *          *          *

「─やれやれ」
アストアタウンへの帰路に着きながら、ヒユウは嘆息していた。

          *          *          *

神苑の闇遺跡で傀儡を倒し、遺跡調査を終えてフィガロシティに戻ってきた2人。
「まあ、色々厄介な事もあったけど、いい体験になったよ。それじゃあな、ラズ」
「ちょ〜っと待って下さぁい!」
ラズに簡単な挨拶を送り、アストアタウンに帰ろうと踵を返した直後、ヒユウはラズに呼び止められた。
「…今度は一体なんだ?」
「ヒユウ君〜、まだ帰れませんよ〜。遺跡調査参加者は、その報告書をまとめなくちゃならないんですからぁ〜」
「…スマン、すっかり忘れてた」
「と言うわけで、もうちょっと付き合って下さいねぇ〜」

ラズの言うとおり、遺跡調査に立ち会った者は全員調査結果の報告書を作成し、神霊士養成所か神霊士連盟(プラーナーズ・ギルド)
もしくは自由冒険者支援連盟(フォーレスツ・サポーター)に提出しなければならない。
これを行わないと、正規の調査として扱われず、違法な調査─ひどい時には遺跡荒らし─と取られてしまうのである。
たとえ調査前に調査手続きを申請していたとしても、それは例外ではない。

「…ふぅ」
図書館の椅子の背もたれに体を預け、溜息をつくヒユウ。彼は、こういった作業が嫌いだった。
もっとも、同郷の知り合いにはこういった作業がもっと嫌いな奴もいるのだが。

「出来ましたかぁ〜?」
そこに、ラズが駆け寄って来た。
「…見れば判るだろ」
少し不機嫌そうに応えるヒユウ。
「どうですかぁ〜?見せて下さぁ〜い!」
言いつつ、ヒユウの報告書を覗き込むラズ。
「ヒユウ君、ちょっと聞いてもいいですかぁ?」
「何だ?」
「何で神霊選択者の力の事を書かないんむぐっ!!」
ヒユウは慌ててラズの口を手で塞ぎ、周囲を見回す。
周囲からはやや冷ややかな視線が注がれる。
幸い、今の話は誰にも聞かれていなかったようである。
溜息をつきながら、ヒユウはラズの口を塞いでいた手を離す。
「もう、いきなり何するんですかぁ〜!!」
ラズの当然の抗議。
「バカッ!ボク達神霊選択者の存在はあくまでも伝説の存在になっていなくちゃならないんだ!」
大声は出さず、しかしヒユウにしては珍しく口調を荒げる。
「…? 何でですかぁ?」
「神霊選択者の存在理由についてはまだ話してなかったから、今全部話すとするか…。
そもそも、神霊選択者はこのグラストリアの地に大いなる災厄が振りかかった際、それを祓うために生まれた存在なんだ」
「大いなる災厄って…天変地異とか、ですかぁ?」
「多分それもあるだろう。とにかく、冗談めいた話になるとは思うが、異界の侵略者からグラストリアを護る…とか。
そういった役割も持っているんだ。そういった連中が世の中に出てきた、って知れてみろ。
『もうじきグラストリアが滅ぶかもしれない』っていう余計な混乱をグラストリアのみんなに与える事になる。
それを防ぐために、必要以上にボク達は自分の身分を明かしてはならないんだ。
だからボクもそれを隠すため、表向きは最高神霊士の称号を名乗っている」
「そうだったんですかぁ…ごめんなさい…そんなことも知らないで」
ヒユウの話を聞き、素直に反省するラズ。
「いや、判って貰えればいい」
それを見て、ヒユウもこれ以上はラズを咎めない…つもりだった。

「じゃあ、この報告書も書き直さないといけませんねぇ」
「おい…ちょっと待て。その報告書、見せてみろ」
「いいですよぉ」
ヒユウはラズから報告書を受け取り、目を通す。その瞬間、ヒユウは硬直した。
「お前…これじゃあ全然遺跡調査の報告書になってないじゃないか!ボクの力の事ばかり書いて!」
「えへへ…つい、ですぅ」
「つい、じゃ、なーい!!」
思わず絶叫するヒユウ。

結局、それからラズが報告書を書き直すのに3日かかった。

「それじゃ、今度こそ本当にお別れですねぇ〜」
「…ああ」
「また、遺跡調査、手伝ってくれますかぁ?」
「気が向いたら、な」
「気をつけて帰って下さいねぇ〜!!」
「ボクは子供じゃないんだぞ…ま、とにかくいい体験はできたのは確かだな」
「それじゃぁ〜ヒユウ君〜、元気でぇ〜!」
「ああ…じゃあな」
ヒユウは踵を返し、今度こそ、アストアタウンへの帰路に着いた。

                   FIN

†筆者あとがき─闇の底に眠りしモノを書き終えて†

ういっす、風音飛空鳥です。
この小説は、オレの完全オリジナルネット小説処女作2作のうちのもう片方です。
(版権ものなら以前に何個か書いた事はありますが。)
つまり、以前に公開した「白銀の痕」とほぼ同時期に作っていたという作品です。

今回は経緯話は抜きにして、自己批評にいきなり入りたいと思います。
…っても、前回とあんまり変わってないんで(爆)、全体的な感想は抜きにして、主人公キャラをヒユウに抜擢した理由。

この小説のゲストキャラ、ラズフィアが闇の最高神霊士と言う設定だったから!(オイ!)
って冗談は置いといて、ラズフィアがなかなかボケボケな性格だったんで、純粋に彼女に色々ツッコメるキャラクターが
いいなと思い、主人公連中の中で一番のクール&ツッコミキャラのヒユウを選んでみましたが、けっこうハマッたんじゃ
ないかなと思います。
一部役割が逆になってましたけどね。(笑)

肝心のバトル部分もなかなか満足いく仕上がりだと思います。
ただ、もう少し引き伸ばしてみてもよかったかな…と思ってもいます。
これもRAGNAROK読んでたお陰だな…安井健太郎さんに感謝。(核爆)
傀儡の能力についてですが、これはやっぱり何か脅威となるような能力がないと面白くない…でもやりすぎるとヒユウ達
が勝てなくなる…ということで、あの気法を無効化する能力に落ち着きました。
弱点もこれから派生させて考えていったので、その辺の設定に関してはあまり困りませんでした。
…結局、あまり脅威にはなってなかったような気もしますが。(核爆)

そして最後の見せ場、ヒユウの言魂詠唱なんですが…「白銀」と同じ反省しか出て来ないんで省略ッ!!(オイ)

最後に逃げ腰になりましたが、そろそろこの辺で。
次回作でお会いしましょう。

                              風音飛空鳥

戻る