朱の日のお菓子作り
「はうぅぅ〜! どうしよどうしよ! 明日朱の日なのになんも準備してない〜!」
ミント・ルティオスはチャームポイントである三つ編みに結った青い長髪を振り乱し、慌てふためいている。
傍から見ると愉快なくらいの慌てっぷりである。
彼女が今言った「朱の日」とは、この双造大陸グラストリアに古より伝わっている風習である。
鳳凰の月の1日に、女性から男性に向け、日頃の感謝と自らの愛を込めて菓子を贈る。
そして、その30日後の鳳凰の月の31日。
今度はその贈り物を受け取った男性が、お返しにその女性に対して贈り物を贈る。
こちらは橙(とう)の日と呼ばれ、こちらも古くからグラストリアに伝わっている風習である。
で。何故ミントがこんなに慌てふためいているのかというと。
明日の朱の日、相手に贈る菓子を用意していなかったのである。
「あ〜、もぅ! あたしのドジ〜!!」
彼女自身のドジはこの際全く関係ないのだが。
とにかく…彼女はまず旅仲間であり、友人でもあるサラ・ブイに協力を求める事にした。
「ねぇ、サラ。カインからリフの味の好みについて聞く事って出来ないかな…?」
「うん、出来ると思うけど…あ、そっか。ひょっとして、明日の朱の日の事?」
「そうなの。カインから聞けば間違いないかな〜って思って…」
「オッケー、判ったわ。10分くらい待ってて、ミント」
「うん、お願い」
今、ミントとサラの会話の中で出てきた、リフという名前。フルネームはリフ・ランザード。
彼こそ、ミントの想い人であり、明日の朱の日にミントが贈り物をしようと思っている相手である。
きっかり10分後。
サラはリフ好みの味をきっちりと聞き出すことに成功していた。
「ありがとね、サラ! すっごい助かったよ〜!」
「どういたしまして。ミントのためになれば嬉しいな」
「本当にありがとっ、サラ」
ミントは少々大袈裟に手を振りつつ、サラと別れる。
「よ〜し、今度はテティだね…力を貸してくれるといいんだけど…」
「…と言う訳なんだけど、お願いしてもいいかな、テティ…」
今度は同じく旅仲間の一人、テティス・ラインガルドの元を訪ねていた。
彼女はミントの旅仲間の中でもひときわ料理や製菓が巧く、仲間達は皆その腕前に舌鼓を打っている。
「判りましたわ。では、私と一緒に作りましょう?」
ミントの頼みを聞いて、快く快諾するテティス。
「ありがとねっ、テティ。でも…あたし料理なんて出来るかな…ちょっと不安」
「ふふっ。大丈夫ですわ、ミント。私と一緒に作れば、きっと美味しいお菓子が作れますわ。
それに…ミントが真心をきちんと込めてお菓子を作れば、その想いもきっとリフに届きます」
「うん…判ったよ。改めて宜しく、テティ!」
「畏まりました。それでは、早速調理に取りかかる事に致しましょう」
「よろしくお願いしま〜す、テティ先生っ!」
「ふふっ、先生なんて照れ臭いですわ。さあ、頑張りましょう、ミント!」
様々な器具を準備して、ガトーショコラ作りに取り掛かる二人。
「それで…リフは基本的には辛い味、後はほろ苦い感じのお味がお好みで宜しかったのですよね?」
「うん。サラがカインから聞いてくれたから間違いないよ」
「それでしたら…ガトーショコラをベースに作ってみましょう。
生地の中に濃く抽出したコーヒーを混ぜれば、いい味に仕上がると思いますわ」
「は〜いっ」
「そうそう、そんな感じですわ。ゆっくりと湯煎で刻んだチョコを溶かして行って下さい」
「はいっ」
「アーモンドパウダーと薄力粉を加えたら、湯煎から下ろして下さいね。
そうそう…そしてここでコーヒーを少しずつ加えていって…」
「こ、こう?」
「ええ、大丈夫ですわ。ここからは味を見ながらコーヒーを加えていきましょう。
あまり入れすぎると、ただ苦いだけになってしまいますから、慎重に」
「う、うんっ」
「…あ、あと少しだけコーヒーを入れて…ストップ…うん、いい味ですわ!
後はこれを先ほど泡立てた卵白に入れて…箆を使って混ぜていきましょう」
「こうかな…?」
「そうですわ。そしてさっきの型にこの生地を入れて、粉砂糖をぱらっと振りましょう」
「え? そうしたら甘くなっちゃうよ?」
「焼くと味が圧縮されるから、濃く感じてしまうんですの。バランスを取るためですわ。
それに、粉砂糖を振りかけてから焼くと、焼いた時に表面がひび割れなくなるのですよ」
「ほぇ〜、そうなんだ…」
「さぁ、後は石釜に入れて焼くだけですわ。20分くらい焼けば焼き上がります」
20分後。釜から出されたたガトーショコラは芳しい香りを立てている。
テティスは竹串を取り出して、生地の中心に刺す。焼き加減を見るためだ。
「焼き加減はバッチリですわ。後は味ですけれど…食べてみましょう」
「う…うん」
型からガトーショコラを外し、型の周りにこびり付いた生地をこそげ取って食べてみる二人。
「うわ〜、すっごくおいし〜い!!」
「焼き加減、味も共に申し分ない出来ですわ! ミントが頑張ったから美味しく出来たんですのよ」
「ううん、テティのお陰だよ、ありがとね、テティ!」
そして。
「リフ〜! もう、探したんだからねっ!」
紫色の、神官風の髪形をした青年。彼こそが、リフ・ランザードである。
「どうしたの、ミント?」
「はい、これっ。朱の日の贈り物だよっ」
「あ、ありがとう…」
「もう〜、何? その意外そうな顔っ!?」
「ああ、いや…ミントに貰えるって、嬉しかったから」
「え…ホント!?」
無言で頷き返すリフ。
「早速、食べてみてよっ。感想聞きたいな〜」
「ああ、じゃあ早速、失礼して…へぇ、ガトーショコラ?
…ん、美味しい! 凄い僕好みの味だよ、ミント! ありがとう!」
「えへへっ、どういたしましてっ!」
「ありがとう、凄い嬉しいんだけど…参ったな」
「? どうしたの?」
「これに見合う橙の日のお返しか…今から気合入れて考えないとね」
「うん、楽しみに待ってるよ、リフ!」
F I N
†あとがき†
フリー小説第3弾。とりあえず書いた当時の時事ネタで、安直にバレンタインをネタに書きました。
今回の主人公はミントちゃん。何故彼女をネタにしたのかというと。
いっつもドジばっかりやらせてしまってるので、たまにはきっちりと決めさせてあげたいという案内人の願いからです。
事実、テティスちゃんに教えてもらいながらお菓子を作るところ、すっごいミントちゃんの頑張りが伝わるでしょ?(笑)
やっぱり頑張ってる女の子はとっても可愛いね。
ちなみに、この話の中でミントちゃんが作っているガトーショコラ。
実際のガトーショコラのレシピを少々アレンジしています。一部はしょってる所もあるけれど。(苦笑)