朱の日前の乙女達
「それじゃあみんな、準備はいい?」
「OKよ〜ん、サラ」
「あたしも大丈夫だよっ」
「私もいいですわ」
一つのテーブルの前に、4人の少女達。
一人は、水色の髪をポニーテールにした、はっきりとしたライトブラウンの瞳の少女。彼女は、サラ・ブイ。
一人は、ライトブラウンの髪をボブカットにした、やや垂れ眼のディープブルーの瞳の少女。彼女は、ルキア・フェルマス。
一人は、青い長髪を三つ編みにした、小さいながらもはっきりとした青紫の瞳の少女。彼女は、ミント・ルティオス。
そしてもう一人は、白いセミロングの髪を緩いウェーブにした、円らなバイオレットの瞳の少女。彼女は、テティス・ラインガルド。
「ミント〜、そこにあるバナナを切って、少しだけレモン汁かけておいてもらっていい?」
「うん、判ったよっ」
「あ、ルキア。そこにあるオレンジのリキュールをほんの少しこのボウルに入れていただいていいですか?」
「ほいほい…この位かな?」
「あとちょっと…はい、OKですわ、ルキア」
彼女達が何をしているのかと言うと。
この双造大陸グラストリアには、古来より鳳凰の月の1日に女性から男性に向け、日頃の感謝と自らの愛を込めて菓子を贈るという風習がある。
グラストリアで「朱の日」と呼ばれている風習である。
そしてその30日後の鳳凰の月の31日。
今度はその贈り物を受け取った男性が、お返しにその女性に対して贈り物を贈る。
こちらは橙(とう)の日と呼ばれ、こちらも古くからグラストリアに伝わっている風習である。
今、彼女達は旅仲間でもあり、自分達が想いを寄せている男性達に贈る、手作りのケーキを作っている最中であった。
4人で協力して一つのケーキを作り上げ、パーティのような形にして旅仲間全員で食べよう、という計画である。
これを最初に考え付いたのはミントである。ミントがそれをルキアに話した所、ルキアは諸手をあげて賛同した。
そして、それがサラとテティスに伝わり、今に至る…というわけである。
ただ、そこで問題点が一つ。実際にケーキを作ることがネックとなっていた。
しかし、幸いな事にテティスは8人の旅仲間達の中で最も料理や製菓に精通しており、プロ並の腕前を持っている。
サラもテティスほどではないが一通りの知識や技術は持っている。
問題はルキアとミントである。あまり料理が得意ではないのだが、言いだしっぺゆえに気合を入れて頑張っている。
ただ、腕前が腕前ゆえに、それをきちんと自覚してるがゆえに、二人はサポートに徹している。
「けど…あたしあまり料理巧くないのにこういう事言っていいかどうか判んないんだけど…楽しいわね〜、お菓子作りって」
「うん、それはあたしも思ったな。前にテティに手伝ってもらって簡単なケーキ作った事あったんだけど…。
難しくて大変ながらも面白かったな〜」
「あらあら、ルキアもミントも料理やお菓子作りの楽しさが少しわかって来たみたいですわね?」
「うん、まあ…何となくなんだけどねっ」
「これから一緒に色々な料理、覚えてみますか?」
「うん、よろしくお願いします、先生っ」
「ふふっ、何だかいつか聞いたような気がしますわ、その言葉」
「テティ、そろそろ焼き上がりよ。仕上げの準備に入りましょ」
「判りましたわ、サラ。竈番、お疲れ様ですわ」
焼きあがったスポンジケーキに泡立てた生クリームを絞って、或いはヘラで塗ってケーキをクリームで包む。
予め切っておいた種々のフルーツを飾り付けて、フルーツケーキが出来上がった。
「…あれ? ねえテティ、こっちのチョコレートやココアの粉は何に使うの?」
ミントが、未だに使っていない材料があったことをテティスに問うと。
「実はもう一つ、ここにあるチョコを使って、ちょっとビターテイストのガトーショコラを作ろうかと思っていたんですの」
「そうなんだ…でもなんで?」
「リフやヒユウのように、甘い物があまり得意ではない方もいらっしゃいますでしょう?
そう言った方々も食べられるように、ですわ」
「あ、そっか。それにそういったのだったら、あたしも去年テティに作り方教わったんだよねっ」
「懐かしいですわね。あの時はミント、とても頑張っていらしたものね」
「へえ〜! ミントも手作りケーキなんて作ったんだ〜! その時の出来はどうだったの〜?」
「…どうだった、テティ? あの時はちょっと自信なかったんだけど…」
「大丈夫ですわ。とても美味しかったですわよ」
「よかったぁ〜」
「ねえねえ…そんな事よりそのもう1個のケーキ、早く作るわよ〜。
じゃないとみんなをここに連れて来れないわよ〜」
「うん、そうね。じゃあみんな、もうひと頑張りしましょっ!」
「ほいほ〜い」
「うんっ」
「頑張りましょう?」
チョコを刻んで湯煎で溶かし。解き解した卵と小麦粉とココアの粉とミルクを混ぜて生地を作り。
作った生地に溶かしたチョコを混ぜて型に入れて竈の中へ。
たちまちチョコの焼ける甘く芳しい香りが周りの空気に溶け込む。
「すご〜い、甘くていい香り〜!!」
「なんか、すぐにでもおなかが減ってきちゃいそう」
「あ〜、何かもう意識が蕩けそうよ〜」
「本当ですわね…この香りはいつ嗅いでもいい香りですわ…!」
しばし、その芳香に酔いしれる4人。そして程なくして。
ガトーショコラが焼きあがる。
焼きあがったガトーショコラを竈から出すと、甘い芳香はさらに強くなる。
刹那、4人は香りの誘惑の虜になりかけるがその誘惑を振り払い、パーティの準備を続ける。
ポットには紅茶を淹れ、準備した円卓には絹のテーブルクロス。さらに花瓶に一輪挿しの花を活け、円卓に飾る。
「さて…これで、準備完了ね」
「あとは皆を呼んでくるだけね〜」
「頑張った甲斐…あるよね?」
「大丈夫ですわよ、ミント」
「さ、みんな。カインたちを呼びに行こ?」
『うんっっ!』