第5章 深淵の底で出会いしモノ
Chapter.1
カイン達がレイヤの村に到着した頃、時を同じくして。
コウ、ルキア、リフ、ミント、シオンの5名は双造大陸グラストリアの東方地域、ジヴァラント地方へと歩みを進めていた。
リフの提案で、誰も当て─言い換えれば土地勘がない所を回るより、土地勘を持つ人間がいる地域を回った方がいいのではないか、と言う事でまずはコウが気法を学んだ地を探してみる事になったのだ。
「や〜、懐かしいなぁ! 最高神霊士の称号取って以来ジヴァラント来てなかったもんなぁ…」
コウは久々に訪れた学びの地、ある意味もう一つの故郷の光景を目の当たりにして感慨深げである。
「も〜、バチ当たりね〜、コウ。せっかくの場所なんだから何回か帰った方がよかったんじゃないの〜?」
「ホントだよっ。あたしはスファウルスが好きすぎて、必ず1年に1回は帰ってたんだからねっ」
「ミントの場合はスファウルスでの神霊祭が目当てだったろ…僕も付き合わされたけどあの時期のスファウルスは寒いの一言だよ…」
「い〜じゃん別にっ!! リフだって寒い寒い言いながら楽しんでたじゃないの!!」
「まあまあ、ミント。コウも久し振りのジヴァラントで喜んでいる事ですし、少しは大目に見て差し上げましょう」
「な〜んか、シオンに巧い事纏められたわね。ま、けどあたしも今回の旅でダグノーズに久々に帰れるから、ちょっとウキウキしてるのよね〜」
自分たちの気法を学んだ地についての思いを語りながらジヴァラントの旅路を歩む5人。そんな折。
「突然すまん。貴公たちは旅の神霊士か? そうならば、ご助力を願いたいのだが」
いきなり、武装に身を包んだ3名の男に声をかけられた。装備から察するに、この一帯の街道の警備兵と言った所だろうか。
「ま、そうだけど。で、あんたたちは?」
同意しつつ、相手にも身分提示を求めるコウ。男たちは改まって敬礼をしながら。
「これは失礼した。我々はこの先にあるウィザック砦所属の、この街道の警備兵だ。
そして私が砦長のモリス・ジャンドゥースだ」
予想通りの返答に若干苦笑しそうになるが、それは態度に出さずに。
「…で、僕たちに声をかけてきた理由、と言うのは…?」
「すまんな、話が早くて助かる。実は、この先にあるフランの街で不可解な現象が多数報告されているのだ」
「不可解な現象、ねぇ〜。いったいどんな事が起こってるの〜?」
「うむ…これは話を聞いている我々だけでなく、報告をしてきている街の民も混乱しているのだが…」
歯切れ悪そうに、先程モリスと名乗った兵士が言を繋ぐ。いまいち要領を得ない話し方だが、彼も何をどう伝えればいいのか困っている、と言った所だろうか。
「とりあえず、我々が報告を受けた限りでは、妙な影を見たと言う事なんだ。ただ、その影の形が見た人によって形がまるっきり変わってしまっている。
ある人は人影のようなもの、別の人はもやもやした球状の影、また別の人は頭のない魚のような形状…と言う。
しまいには黒い影のみならずうすぼんやりと光っているだのと言う話まで出てくる始末だ。
最初は我々もゴーストかウィスプ程度に考えていたのだが…こうも形状が一定しないとなると…」
「確かに…そこまで不安定な形状のゴーストやウィスプと言った霊魂系の魔物の存在は聞いたことないかも。ちなみに、その街に行く事は出来るの?」
「ああ、街道そのものは閉鎖していないから行き来は自由にしてもらっても構わない。
ただ、フランの街に入る際は気を付けてほしい。この妙な影のせいで住民たちも大分参っているからな…。
話を聞くにしても機会を考えないと余計な事態になりかねないからそのつもりでな」
「OK〜、判ったわよ、ありがとねん」
「それと…これは余計な事かも知れんが。もし、この騒動を収めてくれる気になったら、その時は我々に一声をかけてくれ。
この事は国からもなるべく早めに事態を収拾せよというお触れが出回っているんでな」
「うん、判ったよっ」
「…しかし、成行きとはいえ。私達にこんな事をしている暇はないのでは…」
フランの街へ向かう街道を歩きながら、シオンはやや不満げに言を紡いだ。
「まあ、今はまだ手探りなんだし。それに、ひょんな事からヒントが出てくるかもしれないよ?」
「それはそうかも知れませんが…はぁ、もういいです。乗りかかった船です、早い所この用件を済ませてしまいましょう」
「そう来なくっちゃ。とりあえず、まずはフランの街で情報収集だな〜」
「やれやれ…」
やけにノリノリなコウと、相も変わらず不満げなシオン。それでもコウや皆に着いて行くあたり、不満は言うもののシオンも反対ではない、と言う所だろうか。
警備兵たちに呼び止められた個所から街道を歩く事、1時間ほど。緩やかな段々畑に囲まれた土地に、フランの街はあった。
フラン産の農作物は品質がいいと評判で、特に名産となっている葉のついたブロッコリー、リーフブロッコリーの出荷がこの街の重要な資源となっている。
今の時期はリーフブロッコリーの旬らしく、段々畑の至る所でリーフブロッコリーが収穫を迎える頃合いだった。
リーフブロッコリーだけでなく、その他の野菜や果物と言った農作物も至る所で実り、出荷を迎えていた。
「すっご〜い!! 野菜や果物がたっくさん!! このフランって街、初めて来たけど本当に農作物豊かだね!!
グラストリアの台所、って言われるのが判る気がするよ!!」
圧倒的と言えば圧倒的な段々畑の光景に、ミントはただただ圧倒されていた。
このフランから出荷される野菜や果物はグラストリアで流通しているものの大半を占めている。
それ故『グラストリアの台所』としばしば称されることがある。
「このフランの街は野菜や果物だけじゃなくて、鶏肉や卵も質が良くて旨いんだぜ?
ここに来ると、しばらくこの街から出たくなくなるくらいだぜ〜」
「えええ!? 本当!? どうしよ!? どうしよ!? しばらく食道楽したいよぉ〜!!」
「…ミント、食道楽もいいけど、本来の目的を見失わないようにね」
「リフ…それはあなたにも言える事です。私たちの旅の最終目的は、あくまでクラウ・ソラス…双造剣の封印と言う事をお忘れなきよう」
「もちろん、判ってるよ。だからこういう小さなことから手がかりが出てくる可能性も否定できないだろ?」
「本当に出てくるんですかねぇ…まあ、今はこれ以上言うつもりはありませんが」
若干険悪な雰囲気になるリフとシオン。そんな折。
「ま〜、人助けはしておいても罰は当たんないんじゃないの? むしろ、ここまで聞いたのにはいサヨウナラ、なんてことシオンにできる〜?」
「それは…まあ、そうですが…はぁ…今回の事は私が少し神経を尖らせ過ぎていました。申し訳ない」
「ん〜、まあこういう事もあるって。けど、リフもきちんと主たる目的は忘れていない、って事だけは頭に入れておいてあげてね〜。
あいつもなんだかんだでいろいろ気を揉んでるのよ」
「はぁ…そうなのですか。とりあえず、判りました。その辺のところも含めて」
「判ってると思うけど、リフもよ〜? あんたも少し突っ走り過ぎだっての。シオンの気持ちももうちょっと考えてあげなさいよ〜?」
「…うん、悪かったよ。僕も少しシオンの気持ちを軽く考えすぎてた。ごめん、シオン」
「いえ…私も少し悪態をつきすぎました。申し訳ない」
ルキアが空気が剣呑になったのを察して、割って入る。二人とも、互いに反省して互いに詫びた。
こういう時、ルキアは誰に頼まれるまでもなく、自ら仲裁役を買って出る。実際、彼女の持つ大らかさがケンカに発展させずに事態を収束させることが多い。
ちなみにこれで互いに矛先を収めそうにない場合は徹底的にぶつからせ、それでも収まらない場合は鉄拳制裁…と言った感じである。
「んじゃま、とりあえず街の人達に話聞いてみようぜ〜?」
「コウ…! 話を聞くときは慎重に、とさっきの警備兵が言っていたでしょう…!」
「ンなこたぁわーってるっての。だからあんまし影響なさそうな連中から聞くつもりだっての」
「なら…いいのですが…」
シオンの危惧をよそに早速行動しようとするコウ。その唐突さにやや心配なそぶりを見せる。
「シオン、大丈夫だよっ。こーゆー時のコウって意外と色んな事考えてるんだから」
心配そうなシオンにミントがフォローを入れる。そんな二人のやり取りなどそ知らぬふりで、コウは話を聞く対象を探していた。
そんな折、路地から4、5人の子供たちが飛び出してきた。コウは待ってましたと言わんばかりの顔で子供たちに近づいて行った。
「よ〜、お前さんたち、この街の子だよな? 小遣いやるから、ちょっと話聞かせてもらっていいか〜?」
コウは気さくに子供たちに話しかける。子供たちも『小遣い』という言葉に釣られてコウの元へと寄ってくる。