Chapter.8

「…ミューディ、これで本当にいいの? いくらもうあなたの分身を産み出さないためとはいえ…あなたまで消える必要はないんじゃ…」

─いえ、いいんですよ、サラさん。これがこの村に対して私にできる、最後の罪滅ぼしなんです。
私の分身とはいえ、元を正せば私自身が巻き起こした事なんですから。

黒のミューディを浄化した後、6人は地下墓地カタコンベの入口へと戻ってきていた。
ミューディの亡骸を焼き祓い、彼女を完全に浄化させるためである。
ただ、カインは思う所あって、村長のグレームスの元へと向かっていた。単に事後報告をするだけではないようだ。

─けど、カインさんは何のためにグレームスさんの所へ行ったのでしょう…
「あいつのことだ。何か考えがあるはずだから、成仏はもう少しお預けだな、ミューディ」
「もう…言い方が不躾ですわよ、ヒユウ」
「む…そうか…すまなかった、ミューディ」

そんなやり取りをしていると。

「あ、カイン。それにグレームスさんも」
サラが戻ってきたカインと、カインの連れてきたグレームスに声をかける。
「あらましは道すがら、カインさんに聞いたよ。あなたたち、本当にありがとう。
…それで、その…セリアと話す事は…出来るかい?」
「出来ますよ。あ、けど。その前にちょっと待って下さいね」
セイは逸るグレームスを一時制止して、思念言語でミューディと会話を始めた。

─ミューディ?
─はい? 何ですか? と言うよりなんで思念での話を?
─ミューディの気持ちを確認しておこうと思ってね。
気持ちの整理もついてないまま、グレームスさんと話すのも辛いだろうな…って思ったから。
─セイさん…わざわざ、ありがとう…私は大丈夫です。私もグレームスさんとお話がしたい…それをグレームスさんに伝えて下さい。
─うん、判った。ちょっと待っててね。

そこでセイはミューディとの思念通話を解除して、改めてミューディの気持ちをグレームスに伝えた。
「あの子がそんな事を…セイさん、改めてお願いできるかい?」
「判りました。じゃあ、グレームスさん、僕の肩に手を置いて下さい」
─ミューディも、僕の手に触れて。

二人は頷いて、セイの肩と手に触れた。
『さあ、これでグレームスさんとミューディが話せるはず。お互いに声をかけてみて』
『セリア…私の声が聞こえるかい?』
『聞こえてますよ、グレームスさん。私の声は…どうですか?』
『ああ、聞こえてるよ…セリア…久しぶりにあんたの声を聞けてうれしいよ…』
『グレームスさん…そんな、私、この村に迷惑しかかけてなかったのに…私、私…』
『…それについては、私もセリアに謝らないといけない。私が村人たちを止められなかったばっかりに…セリア、あんたに犠牲を強いる形となってしまった…。
いくら謝ったって許される事じゃない。村長としても、人間としても…けど、それでも…改めて、あんたに詫びさせてほしい…本当に、すまなかった』
『グレームスさん…私、そんな風に思ってないです。
最後の最後まで私を信じてくれて、最後の最後まで私の味方でいてくれてどんなに嬉しかったか…。
…グレームスさん、私の体の顔を見て下さい。怒ってますか? 悲しい感じはするけど…怒ってないでしょ?
グレームスさんが私の気持ちを汲んでいてくれたからですよ』
『セリア…ごめんよ…ありがとう…私をそんな風に思っていてくれてたなんて…』
『私も…私もグレームスさんがそんなに思っていてくれた事、最後の最後で知れて良かったです…! グレームスさん、本当にありがとう!!』

「グレームスさんも、ミューディも…良かった…お互い、こんなに大切に思いあっていたのが伝えられて」
「ああ、そうだね…。セイさん、本当にありがとう。あの子にしっかりと気持ちを伝えられたし、あの子の思いも知る事が出来た…。
もうそんな事、叶わないと思っていたのに」
ミューディの心の内を知って安堵の表情を浮かべたグレームスに、セイも笑顔を返す。

「…さあ、セリアを早く成仏させてあげよう…あの子の思いに応えるためにも、きちんと見送ってあげないと」
「そうですわね…あ、そういえば、カインはどこに行ったんですの?」
辺りを見回して、テティスがカインがいない事に気付く。グレームスも怪訝な面を浮かべる。
確かに、グレームスはカインがこの場所に連れてきたのだ。そのカイン本人はいつの間に居なくなったんだろうか?
みんなで付近を探すが見当たらない。

「仕方ない。ボク達だけでもミューディを送ってやろう。カインがいないのがちょっとアレだが…」
「…呼んだかい?」
『カイン!?』
ヒユウのボヤキに突然返ってきたカインの返事。思わず声のした方を振り返ると、その視線の先にカインが居た。
「カイン、どこ行ってたのよ? これからみんなでミューディを見送ろうって言うのに…」
「その前に…グレームスさん、あなたに合わせたい人がいるんです」
そう言うや否や、カインは自分で連れてきた黒いローブを突き出した。
なぜか、その体にはロープが縛られており、その一端はカインの掌の中に繋がっていた。

「グレームスさん、この男…この呪術師がそもそものこの村の原因となった男です」
「…どういう事だい?」
カインの告白に、思わず訝るグレームス。あまりと言えばあまりの事態に、サラ達も思わずお互いに顔を見合わせている。
「あの干害の起きた時、ミューディが祈祷で雨を呼ぼうとしたでしょう?
この男が呪術を用いて、ミューディの祈祷が失敗するように仕組んでいたんです。
…間違いないな?」
「…………」
カインの問い掛けに憎々しげに歯噛みしてそっぽを向く男。何も言っていないが、その仕草と表情で肯定しているようなものである。
カインは男の腹部に無言で蹴りを叩き込む。呻き、男はその場に崩れ落ちる。カインは立て続けに蹲った男の顎を蹴りあげる。
さらにカインはその場に倒れこむ男の顔面を掴んで引きずり起こして。
「…間違いないな?」
恫喝とも取れる確認。男はカインの手で表情は窺えないものの、若干涙ぐんだ声ではい、と答えた。
「何で…なんでセリアをこんな目に合わせたんだ!?」
唐突に真実を知らされて気が動転しそうなのを必死に抑えて、けどそれでも感情の高ぶりは抑えられず─グレームスは男を問い詰めた。
「あの女が…あの女がたかだか祈祷でそこまでの事が出来ると言うのがおかしい!!
だから私はあの女の祈祷を邪魔してやった!! 祈祷ごときが呪術を超える事などあってはならない!!
神霊気法や心皇気法もこの世には存在してはならない!! このような術式は私の扱う呪術のみでいいのだ!!
どうやらあの時の私の呪術も成功したらしいな…あの女のおかげで私は誰にも疑われる事もなく…。
そしてこの村のバカ共はあの女を恨んでくれるし、剰えそのバカ共のリンチのおかげであの忌々しい女も死んでくれたし、万々歳だ!!
アーッハッハッハッハッハッハッハァ!! 笑いが止まらなかったよ!! 当時の事を思い出すと今も笑えてくる!!」
半ば狂ったような笑い声をあげながらグレームスの問に答えるその男。
ミューディを護りきれなかった事に俯き、歯噛みして拳を握りしめて悔しさに耐えるグレームス。
そのグレームスの様子を見てなおも笑い声をあげる男。

パァン!!

そんな中にふと響く乾いた音。サラが男の頬を平手で叩いていた。普段滅多な事で怒らないサラが、あからさまに怒りの表情を浮かべていた。
「あなたに…あなたにこの村の人達の苦しみが判らないの!? 元はと言えば、あなたの起こした行動がこの村を洪水で滅亡に導いていたのかも知れないのよ!?
それだけじゃない…結果的に水害で滅びなかったけど、この村の人達はあなたの行った事のせいで精神的に傷ついたの…!!
そしてそのせいで…そのせいでこの村はある意味滅びたのよ!? それが判らないの!? そんな事も判らないような人がミューディの事を馬鹿にするなんて絶対に許さない!!」
「ふん、下らん…その程度の事などどうでもいいわ。あの目障りな女がいなくなって私はどんなに嬉しい事か。
結局、この村の連中が馬鹿なだけよ。身勝手にあの女に縋り付いて、自分たちの望む結果でなければ非難して、それだけでは飽き足らず殺そうとさえする。
そんな連中が私の事を卑下出来るとでも思っていたのか? 出来る訳ないよなぁ? 結局この村の連中は同じ穴のムジナなんだよ…!!」
サラの怒りにも一向に気に介せず、さらに自分がさも正しいと言う素振りの男。サラも悔しさで涙を流しそうになった時。

『ふざけてんじゃないぞ!!』

突如、地下墓地カタコンベの入口からたくさんの人の怒号が聞こえた。
声がした方向に振り替えると、レイヤの村の民達がそこにいた。ほぼ全員と言っても過言ではない。

「セリア、すまなかった!!」
「お前さんに感謝しなくちゃいけないのに、八つ当たりしてごめん!!」
「セリアは頑張ってくれたのに、ひどい事しちまった…悪かった!!」
「許してくれ、セリア!!」

口々にミューディに対して謝罪の言葉が投げかけられる。その光景に呪術師の男は唖然としており、またグレームスは涙を流しながらも笑顔を浮かべていた。

「貴様らは馬鹿か…あの女共々…なぜ自分達を苦しめたものを許すことが出来る…なぜ自分を殺めたもの共を許す事が出来る…!!」
「みんな、同じ痛みを知ったからさ。レイヤの人達はミューディを手にかけてしまった過ちと言う痛みを…ミューディは不本意ながらも、レイヤの人々を苦しめてしまったという痛みを。
この痛みは質は違うかも知れない。けど根源は同じ痛み…誰かを傷つけてしまったという『罪悪感』。
みんな罪悪感を抱えていたからこそお互いにお互いを許す事が出来たんだ…罪悪感を持っていたからこそ、お互いに優しくなれたんだ…」

訳が判らないと戸惑う男。その男を諭すように語りかけるカイン。しかし男はまだなお認めようとしない。絆と言う存在を。
「…下らん…下らん、そんなもの!! そんな人間の情などどうとなるというのだ!!」
「お前の方こそ下らんな。お前が今しっかりとその目で見ただろう。人と人が織りなす絆の力をあまり甘く見るなよ」
喚き散らす男にヒユウが現実を突きつける。その一言に男は今度こそ観念し、その場で項垂れた。

「私が…私がやってきたことは一体なんだったんだ…この村を混乱に陥れてやろうとしたのに…」
「人々の思いやりの力を甘く見たあなたの負けよ…これ以上罪を重ねないで、きちんとその罪を償いなさい」
「今ならばまだ遅くはないですわ…きちんと反省すれば、この村の皆さんも受け入れてくれるはずです」

項垂れた男に対して、きちんと罪を雪ぐ事を勧めるサラとテティス。男が何かにすがるように二人を見上げようとした刹那。

『その必要はない』

ふと、空間に響き渡る奇妙な声。辺りを見回せど声の主は見当たらない。しかし、その声を聞いた刹那、男の面から一気に血の気が失せた。

『失望したぞ…貴様のその呪術、少しは買っていたものを…所詮はその程度だったか』
「ひ…ッ、お、お待ちください…私めにもう一度機会をお与えください…ッ!!」
『こうなった以上、このレイヤの村をどうやってもう一度悲観の底に放り込む?
少なくとも貴様の力ではまず無理だ。せめて貴様自身でその罪を購うがいい』
「ま…待って…お止め下さい…お止め下さいぃぃぃぃぃぃッ!!」

男の悲鳴が響き渡るや否や、男の体が宙に浮かび始めた。それと同時に、カインが一端を握っていた、男を戒めるロープも引き千切られていた。
「ぎ、ぎゃああああああぁぁああああっぁッぁああああ─」
「─チッ!! 烈黒槍ダーク・ジャベリン!!」
奇妙な悲鳴を上げる男。見ると、男の肉体がだんだんと周囲の空間に侵食される─としか言いようのない現象─に包まれていった。
ヒユウはそれを阻止するためその周囲の空間に闇の気法で槍を打ち込むも掻き消されてしまう。

翔風刃ウインド・キャリバー!!」
舞水弾アクア・ショット!!」
射光弓シャイン・アーチ!!」
魂撃弾ソウル・マグナム!!」

カインが風の気法で風刃を。
サラが水の気法で水弾を。
テティスが光の気法で光矢を。
セイが精神気法で硬質化した気弾を。

それぞれ撃ち込むが、それも全て虚空で掻き消えてしまった。

「─あああああああぁぁあッ─」
男の悲鳴と共にその肉体が完全に虚空に掻き消えた。その刹那の後に、血に塗れた頭蓋骨が虚空から現れ、地面に転がった。
掻き消された男のものだろう。その頭蓋骨が立てた、乾いた音が響き、その音が消えた後には、その頭蓋骨を残して何も残らなかった。
あまりの光景に、その場にいた全員─カイン達までもが凍り付いていた。

「…今のは一体…なんだったんだろう…」
「判らない…けど、とりあえず俺たちに何か害を成そうとはしてないみたいだ」
「やれやれ…とりあえずひと段落、と言えばいいのか、これは」
「ですわね…あまり後味は宜しくありませんが…」
「…さ、あまり湿っぽくならないで、早くミューディの事、きちんと送ってあげようよ」

「待ってくれ!! セリアを送るのは、俺たちにやらせてほしい!!」
「我々の手でやらないと意味がないんだ…セリアに対する、せめてもの罪滅ぼしに」
「そうだ! 慰霊祭と言う事でセリアを俺たちで見送ってやろうぜ!! そしてこれから毎年この日をセリアの慰霊日って事にして慰霊祭をやろう!!」
「いい案だな! セリアもきっと喜んでくれるはずだよ!!」
「そうと決まれば早速実行だ! 村長、急いで人手を集めようぜ!!」
「ああ…ああ、そうだね!! 私たちの手でしっかりとセリアを送ってやろうじゃないか。
…というわけで、3日後位には慰霊祭を行えるようにするから、あなたたちもぜひ参加してあげてくれないか。さあ、みんな、忙しくなるよ!!」
サラの申し出に待ったをかけるレイヤの人々。それと同時に口々にミューディを葬送するための儀式を行おうと意見が飛び交い、さっそく実行に移される。
その活気の様子をカイン達も笑顔を浮かべて見守っている。

「ミューディ、見てる? みんな、あなたをしっかりと思ってくれていたのね…」
─はい、判ります。見えてます。これでもう、思い残さずにきちんと逝ける…そして、このレイヤを見護っていける…!!
「良かったね、ミューディ!!」
─これも、皆さんのおかげです、本当にありがとう…!!
…あ、そうだ。さっきセイさんと意識を繋げた時に『双造剣』って言葉が聞こえてきたんだけど…何か心当たりはありますか?

ミューディから唐突に双造剣と言う単語を告げられ、思わず驚く5人。
─やっぱり…何かの関係があるんですね。この双造剣と関係があるかは判りませんが、ずっと私が見てきたヴィジョンがあるんです。
何かの手がかりになるかもしれないので、聞いて下さい。神殿のような場所で、空間に縛られた二振りの剣が見えます。

「二振りの剣!? ミューディ、その剣の特徴とか判る!?」
─ええ、1本は黒のような、紫のような色をしていて、波打った刃の剣で…刃が鋸みたいになっていました。
もう1本は…白いような、金色のような、銀色のような…とにかく眩い色をした剣で、細身の剣でした。
「まさか…まさか、シオンの持っているクラウ・ソラス!?」
「多分…間違いないと思う。ミューディ、その場所、どこだか判るかい?」
─いえ、残念ですが何処かまでは…けど、その二振りの剣、引かれ合っているような感じを受けました。
「間違いないですわね…ミューディの観たヴィジョンに出てきた二振りの剣のうち、ひとつはクラウ・ソラスですわ」
「空間に縛られた、ってことは…封印、って捉えていいのかしら…」
「そう取っても問題ないだろうな…まさか、思わぬところで一歩前進、だな」
「そうだね…とにかく、今の俺たちには貴重な一歩だ…!!」

そして3日後。約束通り開かれたミューディの慰霊祭。カイン達はその慰霊祭に出席していた。
彼女の亡骸が祭壇に祀られ、鎮魂の儀式が執り行われる。そしてミューディの安寧の旅立ちを願う鎮魂歌レクイエムが歌われる。
その後は彼女を慈しんで宴が催された。彼女の死後もこの地に悲しみを残さぬように笑顔で語らい、歌い、踊り、飲み、食べた。
宴はその日1日中行われた。

そして日が明けて。カイン達がレイヤの村を去る時がやってきた。ミューディの教えてくれたヴィジョンの光景を求めて再び旅を始める。
グレームスがカイン達を見送りにやってきた。
「皆さん…本当にありがとう。ようやく、この村に本当の意味での笑顔が戻ってきたよ…。
皆さんがこれからどんな旅に行かれるのかは判らないけど、道中の無事を祈っているよ。
また、何かあったらこのレイヤに立ち寄って欲しい。歓迎するよ」
「ありがとう、グレームスさん…それじゃあ、俺たちはこれで。みんな、行こう」
カインの合図に一同が頷き、グレームスに背を向ける。振り返りながら、カイン達はグレームスに大きく手を振る。
「さ、行こッ!!」
サラが皆を促す。カイン達は微笑みながらそれに続く。
今、ここに一人の少女の死がきっかけとなって巻き起こされた悲劇が、幕を閉じた。
カイン達、5人の若き神霊選択者プラーナ・セレクター達の力で…。

一方。時を同じくして。リフ達5人は─

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4−7 5−1

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