Chapter.7

─グルルルルルルァ…

その身を魔獣と化した黒のミューディ。心まで魔獣化しているようだ。
─ルグアァァアァァァッ!!

魔獣ミューディが咆哮を上げる。と同時にその口から黒い稲妻が放たれる。黒い稲妻のブレスだ。
「皆、僕の後ろに! 神鎧陣マインド・メイル!!」
セイが結界気法を発動させ、白銀の幕で体を覆ってカイン達の前に立つ。
「く…ッ、兄さん今だ!」
魔獣ミューディの威力にやや圧されながらも、セイは足を力強く踏み締めて耐え留まる。攻撃に耐えながらカインに呼び掛け、反撃を促す。
カイン達は言わずもがな、魔獣ミューディへ向けて駆けていく。魔獣ミューディもカイン達の接近を感じ取り、黒雷のブレスをカイン達に向けて連続で吐き出す。
立て続けに放たれる黒雷のブレスをカイン達は散開する事で避ける。セイも結界気法を解除して、カイン達の後に続く。

刹那。

いきなり一筋の黒い閃光のようなものが走ったかと思うと、セイの左腕を掠めて行った。
突如左腕に走った、焼けるような痛みに一瞬怯むセイ。駆けながら周囲を伺うが、おかしなものは何も見当たらない。
訝しみながらも、意識を再び魔獣ミューディに向けて駆けだすセイ。

再びその刹那。

「セイ、避けろッ!!」
響くカインの叫び声。と同時に、セイはカインに突き飛ばされていた。
「え…っ??」
呆気にとられた思わずセイは素っ頓狂な声を上げていた。そしてまた次の刹那。

─ヂュンッ!!

「く…ッはあぁッ!!」

何かが生物の肉体に突き刺さるような、不快音。そして苦痛に顔を歪めるカイン。セイが我に返った時、あの黒い閃光が、カインの右腕を射抜いていた。

「兄さんッ!!」
「カインッ!!」

セイとサラがカインに駆け寄ろうとする。しかしカインはそれを射抜かれた腕で制する。
「来るなッ!! 俺は大丈夫!! それより、また今の黒い閃光が来るぞ、気をつけろみんな!!」
カインの叫びに、4人に一気に緊張が走る。それもそのはず、カインを攻撃した光の正体がまるで判らないのだ。
いつ、どこから、何がきっかけでそうなるかが全く判らない、未知の攻撃。さすがに慎重にならざるを得ない。
「─テティス! 伏せろッ!!」
ヒユウの指示に、咄嗟にその場に身を伏せるテティス。その刹那の後、テティスの頭の上をあの黒い閃光が通り過ぎて行った。
「間一髪、でしたわね…助かりましたわ、ヒユウ」
テティスの声に、周囲の警戒を解かず、手振りのみで返答を返すヒユウ。テティスも素早く体勢を立て直す。
(そういう…事か…!!)
今の攻撃を見て、カインは何かに気付いたようだ。セイを振り返ると、首肯を返してくる。セイもカインと同じく、何かに気付いたらしい。
次の刹那、サラの背後からサラめがけて黒い閃光が放たれた。サラも反応するが、回避は間に合わない─と自覚したその刹那。

護風盾ウインド・ガーダー!!」
割って入ったカインが風の気法で盾状の結界を生み出し、黒い閃光を防ぐ。しかし、その威力に結界が破壊されそうになる。
カインは咄嗟に気法を重ね掛けして結界を堅固にする。結界を維持しながらカインはセイに目線を走らせる。セイは首肯をする代わりに黒い閃光が放たれた地点に向けて駆ける。
「シグムンド!! 封力開封シール・ブレイク!!」
シグムンドの封印を解除し、何もない虚空を薙ぎ払うセイ。カイン以外は何をやっているのだと訝しんだ。しかしその刹那。

『ルギャアァァァァアァァァッ!!』

劈くような悲鳴が魔獣ミューディから響く。よく聞くと魔獣ミューディのみでなく、セイが剣で薙ぎ払った空間からも響いた。
「やっぱり…そういう事か!!」
カインが、セイの行動を持って自分の推理が正しい事を確信した。今しがたセイが薙ぎ払った空間から、右腕を押さえた黒のミューディが苦悶の表情を浮かべながら現れた。
「あの魔獣の姿はあくまで分身。いま、セイが斬った黒のミューディこそが本体だったんだよ。
本体の黒のミューディが周りの空間に溶け込んで、魔獣の姿をした自分の分身と戦わせる。
その隙に自らが死角から今の黒い閃光で撃ち抜く…そういう腹積りだったんだろう?」
黒のミューディは何も言わない。代わりに憎々しげに睨み付ける。それは取りも直さず、カインの推測が正しい事を物語っていた。

「─まだだ! まだ終わって…いないッ!!」
再び姿を消す黒のミューディ。それと同時に魔獣ミューディが再び咆哮を挙げ、めちゃくちゃに黒い稲妻を吐きながらカイン達に突進してくる。
爆輝衝シャイン・ブラスト!」
霧幻舞ダンシング・ミスト!」
テティスの光爆の気法と、サラの霧の気法が同時に発動する。魔獣ミューディはダメージと共に視界を塞がれ、その場に留まりながら狂ったように黒い稲妻を撒き散らす。
轟風破ゲイル・バスター!」
魂撃弾ソウル・マグナム!」
カインの放つ風の衝撃波が、セイの放つ硬質化された精神気の弾丸が魔獣ミューディを貫き、蹂躙する。しかしその刹那の後。
気法を放った直後に生まれた隙を狙って、セイの背後に黒い光球が生まれる。恐らく、先程まで黒のミューディが放っていた黒い閃光なのだろう。
「…甘いぜ、疾影黒爪刃ブラック・クロウ!!」
その隙を見逃さずに、ヒユウが闇の気法を発動させる。生み出された黒い爪が、空間を無視して黒のミューディを斬り裂いた。

─………!!

声にならない悲鳴が、カイン達の頭の中に木霊する。今のヒユウの一撃が相当な痛手だったのだろう。
黒のミューディがその実態を保てなくなり、時折黒い靄のような姿になる。それに呼応するかのように、魔獣ミューディもその身を横たえ、もがいている。

「ミューディ、今だよ!!」
セイはミューディに向けて呼びかける。ミューディはセイの呼びかけに応えるように前に出る。 「…ごめんね、もう一人の私…。私があなたを受け入れていれば、レイヤの人達をこれまで苦しめずに済んでいたのに…。
もう、私は逃げないわ。あなたを受け入れる。だから、一緒に、逝きましょう…!!」

ミューディが、黒のミューディを成している靄の中へと飛び込み、黒い靄と同化する。魔獣ミューディも身動ぎひとつしなくなった。

─皆さん、今です!! その魔獣を滅して下さい!!

5人の頭の中に響く、ミューディの声。カイン達はその声に頷くと、急速にプラーナを錬気し始める。

─大気のながれ生命いのち 無限の時空ときを渉るるもの 汝の名は風
 その力 その意思おもい 我が元に集いて
 我が前に在りし万物の魔性に 猛り叫ぶ轟嵐となりて裁きを齎せ─

─大いなる空より降り立ちし 澄み渡る流れとなりしもの 汝の名は水
 その力 その意思おもい 我が元に集いて
 我が前に在りし万物の魔性に 唸り轟く津波となりて裁きを齎せ─

─光と共に命ある 夜を司りし粋なる揺蕩うもの 汝の名は闇
 その力 その意思おもい 我が元に集いて
 我が前に在りし万物の魔性に 魔を封じ奈落へと落とす鏡となりて裁きを齎せ─

─闇と共に世界に在りし 昼を統べし全ての命を照らすもの 汝の名は光
 その力 その意思おもい 我が元に集いて
 我が前に在りし万物の魔性に 天より降り注ぎし断罪の光雨となりて裁きを齎せ─

生命いのちの底に眠りある 生命いのちの礎たる思いの力 其の名は精神こころ
 我が生命いのち 我が精神こころ 今こそ一つと交わりて心の力成し
 神心しんしんたる十字架の裁きを今ここに─

『セリア・ミューディよ、我ら神霊選択者プラーナ・セレクター精神気選択者マインド・プラーナ・セレクターの名の元に、安寧の眠りへと旅立て!!』

轟嵐烈風波サイクロン・ブラスト!」
栽魔大波曝タイダル・パニッシュ!」
暗黒鏡封陣ダークネス・プリズン!」
降天聖光波セイント・レイ」!
精神十字栽マインド・クルス」!

風刃の轟嵐が斬り刻む。
怒涛の津波が圧し潰す。
漆黒の魔境が封じ込め。
降天の光雨が魔を祓い。
白銀の十字架が浄化した。

─あとは私の肉体を焼き払ってください…これで、私は全ての束縛から離れる事が出来ます…
皆さん、本当に、ありがとう…

4−6 4−8

物語の間へ戻る

グラストリアの入口へと戻る