Chapter.6
─来たな…
「愚か者ども!!」
頭の中に響いていた声が、直に耳朶を打つ。声の主は、やはり黒のミューディだった。
「お願い! これ以上レイヤの人達を苦しめないで!
あなたの受けた仕打ちの辛さは私たちには判らない…けど、これじゃあなただって同じじゃない!!」
サラはもう一度、黒のミューディに訴えかけた。しかし、黒のミューディは聞く耳を持たない。
「ふざけるな…ふざけるな…!!
ただの一度…ただの一度祈祷に失敗しただけで…私を排斥しようとしたあの村の連中を…!!
あの村の連中を、一生消えない十字架を背負わせてやる…!!」
「ミューディ、今はそれでいいのかも知れない…けど、けど!
今の世代の人達だって、いずれ天寿で亡くなるわ。そして新しい世代になった時、あなたの事を知る人はほんの一握りになるはずよ。
それでも…それでもあなたはレイヤの人達に一生消えない呪いを、業を背負わせるの!?」
「ああ、そうさ! 私が散々、嫌と言うほど受けてきた仕打ちを永遠に味あわせてやるのさ…!!
私を知っていようがいまいが関係ない…このレイヤと言う地に生きる者全てに永遠の地獄を与えてやる!!」
「そんな…それじゃ幾らなんでもレイヤの人達が可哀想…!!」
幾度もサラは黒のミューディの説得を試みたが、帰ってくるのは怨嗟の声ばかり。
サラの必死の訴えも、心が怨念に飲み込まれた黒のミューディには通じない。思わず涙を流しそうになったその時。
「サラ…もうミューディは俺たちの心を受け取らない…その恨みを、俺たちの手で消し去ってやらない限り」
カインがサラの肩にそっと手を置き、サラを慰める。サラもカインの手の感覚を確かめて、涙を拭いて黒のミューディに向き直る。
「そうね…やりましょう、カイン。みんな。私たちしか、彼女を止める事が出来ないのなら…私たちの手で成仏させる!!」
カインの励ましを受けて、サラの瞳に凛とした力強さが戻ってきた。黒のミューディを見据えて、しっかりと戦う事を宣言する。
ヒユウも、テティスもセイも、そしてカインもサラの強い思いに呼応するかのように彼女を見つめ、互いに頷きあって、それぞれの思いを確認する。
「貴様ら…あくまで私に刃向うか…!!
もう、いい…レイヤとは無関係な人間だから見逃そうと思っていたが、気が変わったわ。
今すぐこの場で貴様らに輪廻永劫続く業の呪いをくれてやる…私に刃向ったという呪いをなぁっ!!」
あくまで自分を成仏させようとするカイン達を見て、黒のミューディの怒りが爆発した。
今までは、カイン達を退かせるために本気を出していなかったのだろう。
しかし。
それはカイン達も同じだった。
「それなら…ボク達も全力でお前の事を成仏させにかかる。加減はしない!!」
「あなたを縛る輪廻…私たちが断ち切って差し上げますわ!!」
「悪いけど、僕の力はさっき確認済みだよね? 今度は遠慮しないよ!!」
「私も、あなたを救うために全力をかけるわ…覚悟しなさい、ミューディ!!」
「ここに居るミューディの思い…俺たちの心と共に、受け止めろ!!」
「俺の名は、カイン・ヴィクトリィ。緑の西風にして、二十重の希望を紡ぐ者! 風の神霊選択者 !」
「私の名は、サラ・ブイ。水色の静流にして、慈愛の流れを運ぶ者! 水の神霊選択者!」
「ボクの名は、ヒユウ・ビガロ・ビクトルース。黒の闇影にして、粋なる未来を築く者! 闇の神霊選択者!」
「私の名は、テティス・ラインガルド。白の凛光にして、誇り高き自由を描く者! 光の神霊選択者!」
「僕の名は、セイ・ヴィクトリィ。白銀の剣心にして、忘れられし祝詞の奏者! 精神気選択者!」
「神霊…選択者…だと…!?
貴様らが…貴様らが…神霊選択者…!?
そんな…そんな、まさか!?」
カイン達の名乗りを聞いて、黒のミューディは驚きのあまりに狼狽える。
「私は…私は絶対に、成仏など、しない…!! して…たまるかぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁァぁッ!!!!!」
狼狽を打ち消すかのように、その身に蓄えた瘴気を暴走させるが如く全身から噴出させた。
そして、その噴出された瘴気はみるみるうちに黒のミューディを飲み込んでいき、巨人のごとき姿を取った。
その状態になっても瘴気は止まる気配を見せず、さらには四体の分体を生み出した。
「私が…私を切り捨てたせいで…こんなに憎悪が膨れ上がってしまっていたのね…ごめんなさい…!!
…皆さん、恥の上塗りを承知でお願いします。私を…もう一人の私を…憎悪から解放してください…!!」
ミューディの懇願。カインは優しく、しかし力強くミューディに頷き返す。そしてミューディを背に、黒のミューディへと向き直り。
「みんな…これ以上レイヤの人達を憎悪に苦しめる訳にはいかない…この地の人々を、解放しよう…!!」
『おうっ!!!』
「みんな…行くぞッ!!」
『OKッ!!』
カインが。
サラが。
ヒユウが。
テティスが。
セイが。
五つの憎悪の塊へと走り出す。
一人の少女が抱いた、憎悪を打ち砕くために。
一人の少女の抱いた憎悪から、この地の人々を解放するために。
そして。一人の抱いた少女から、彼女自身を救い出すために。
『死ねぇぇぇ!!』
五人の黒のミューディが一斉に大量の瘴気弾を撃ち放ってきた。
「護封盾!!」
「水舞幕!!」
カインの生み出した風の盾が瘴気弾を受け止める。サラの生み出した水の幕が瘴気弾を逸らす。
「光散翔!!」
カイン達が相手の攻撃を防御しているうちに、テティスが気法を発動させて広範囲に光のつぶてを放つ。
光のつぶては次々と黒のミューディたちに吸い込まれていく。
『おのれえッ! 小賢しい!!』
黒のミューディ達は腕を振るって瘴気の結界を生み、自分に向けて放たれた光のつぶての悉くを吹き散らす。
しかし、テティスの気法を防御して、その結界にわずかに瘴気の綻びが生まれた。その瘴気の綻びをついてヒユウとセイが疾る。
「ハァァァァァ!!」
「セヤァァァァ!!」
セイが剣を。ヒユウがクロウを。綻びに対して振りかざす。
二つの刃閃が、その綻びを斬り裂いた。セイとヒユウは斬り開いた綻びの中に雪崩れ込む。
ほんの刹那の後に、刃閃が網目のように浮かび上がる。そして、瞬く間に結界が粉々に砕け散った。
セイとヒユウが、結界の内側から結界を斬り崩したのだ。
「ヒユウ、セイ君、ナイスっ!!」
サラは槍を携え、手に水の神霊気を錬気させた状態で駆ける。
カインとテティスも並んで走る。もちろん二人も手には神霊気を錬気させた状態で。
「嵐衝砕波!!」
「冽水牙弾!!」
「走波烈光!!」
カインの放つ嵐が。
サラの放つ大水矢が。
テティスの放つ走波光が。
それぞれに黒のミューディにに襲い掛かる。気法による三連撃を受けた黒のミューディの一体はあわや消滅しかける。
しかし、残る四体の黒のミューディが瘴気を分け与えて消滅は免れた。
「おのれぇぇぇ…おのれぇぇぇぇ!!」
黒のミューディはカイン達の強さに苛立ち、五つに分けていた己の体を再び一つにする。
それと同時にその姿を、六本の脚と二本の角、そして背に二対の蝙蝠の翼を持った巨大な獣へと姿を変じた。
「いよいよ…最終局面、と言う所か?」
姿を変じた黒のミューディを見据え、不敵な笑みを浮かべるヒユウ。
「…最終決戦だ。彼女を怨嗟の連鎖から解き放とう…!!」
カインの言葉に皆が頷き。ミューディも自らの願いを聞き入れた四人の神霊選択者と一人の精神気選択者のために祈りを捧げる。
「みんな…行くぞッ!!」
『応ッ!!』
カインの号令の元、四つの掛け声が重なる。そして五人は魔獣へと姿を変じた黒のミューディへと駆け出した。