Chapter.4
二重の方陣の中に引きこまれた霊魂は、方陣の中で人の姿を取っていた。
腰まで伸びた瑠璃色の髪。琥珀色の瞳。透き通るように白い肌。そして、その身には白絹で織られた送り装束。
その姿は、紛れもなくカイン達の傍らにある棺の中に葬られている、セリア・ミューディそのものであった。
その相貌は、物憂げで、沈痛な色を湛えていた。
「あなたが…セリア・ミューディ…」
彼女の名乗りを聞き、思わずサラが聞き返していた。セリアはサラの呟きに頷く。
「なんで、あなたの様な優れた祈祷師が死ななければならなかったのですか?
グレームスさんから話を聞いた以上、少なくともあなたにはレイヤの街を害するつもりはなかったはずなのに…」
セイが至極尤もな質問をミューディに投げかけた。
しかし、ミューディは頭を横に振りながら。
「確かに…そうなのかも知れません。私は本当にレイヤの街を害する気はなかった。ただ単にあの村の干ばつ被害を食い止めたかった。
けど…実際にあの事件は私の祈祷で起きてしまった事。そして…一度、祈祷で起こした事は起こした本人には止められない。
そのリスクを知っていたからこそ、グレームス街長は私の力を本当に最後の手段としてくれていました。
けど結果…私はあ街村を裏切ってしまった。私の思いはどうあれ…私は、裏切ってしまった。
故に罰として、私は命を捧げる事で、私の祈祷を無かった事にする他なかった」
ミューディの独白。それを聞いたカイン達は、何も言えなくなってしまった。
彼女の独白が、自分達に課せられた使命と似たような響きを持っていたからだ。
元々地下墓地の中故の重苦しい空気が、さらに重圧感を深めた。
「…しかし。それならば何故、この街の連中はあんな事を続けている?
自分たちで死に追いやった祈祷師の報復を恐れているから、とでも言うのか?」
そんな空気を振り払うかのように、ヒユウは鋭い口調でミューディに問いただす。
ミューディはやや表情を曇らせがちにしながらも、ヒユウの問いかけに答えた。
「あの夜の事を覚えていますか? あなた方がこのレイヤの村に来た初めての夜の事を。
二つの声が聞こえたと思いますが…」
そもそもつい最近の事なので忘れる通りもないが、カイン達は揃って首肯を返す。
それを見たのち、ミューディは沈痛な面を悲痛なものへと変えながら、さらに言葉を続ける。
「実は…あの二つの声は…どちらも私のものなんです」
刹那の間、カイン達は言葉を失っていた。ミューディの言葉を正常に理解できなかったのであろう。
「あれは両方とも…あなたの声? いったい、どういう事なんですか…?」
何とか衝撃から逸したカインが、再びミューディに問いかける。
「まずは…そうなった経緯を話さなければなりませんね…」
ミューディがカイン達に何がを告げ始めようとしたその刹那。
─見つけた…!! 見つけたぞ…!!!
ふと、頭の中に直に響いてくる声。
「この声…あの時の…!」
サラが反射的に叫ぶ。
今カイン達の頭の中に響いてきた声は、紛れもなくカイン達がレイヤの街に滞在した初めての夜に聞こえた言い争う声の片割れだった。
「もう…もうやめて下さい! これ以上レイヤの人たちに、グレームスさんに辛い思いをさせないで!!」
ミューディが、響いてきた声に向けて悲痛に叫ぶ。しかし声の主は聞く耳持たずに言葉を続ける。
─黙れ! 貴様とて私と同じであろう! あの時、レイヤの人間に裏切られた時の恨み、忘れたとは言わさぬぞ!!
声が、徐々に耳朶を打つようになってきていた。カインがふと周りを見やると、この部屋の虚空の一点に、黒々とした何かの塊が生まれているのに気付いた。
「翔風刃!」
カインはその黒々とした塊に、風の気法で風の刃を撃ち放つ。しかし、放たれた風の刃はその塊に触れるやいなや、掻き消されてしまう。
「これならどう!? 冽水牙弾!」
間髪おかずに、サラが水の気法で水の矢を放つ。しかし、それも先ほどと同じ結果になっていた。
「無駄だ…その程度で私に傷をつける事などできない」
今まで頭に響いていた声が、きちんと耳で知覚できるようになると同時に、その黒い塊が形を変えていった。
ゆっくりと、ゆっくりと姿を変えていき、人型を成す。そして、その姿にカイン達は再び驚愕した。
腰まで伸びた髪。体型。纏っている服。そして…その顔。
全て、今カイン達の傍らにいる、セリア・ミューディそのものであった。
いや、ただ相違点はある。
その長い髪は血のような紅色。その瞳は魚の死骸のような濁った白。纏っている服は絹を死と言う色で染め上げたかのような、黒。
まるで、ミューディがもう一人いるかのような印象さえ受ける。
「貴様に私の事は否定はさせん…私は貴様の負の心から生まれた存在なのだから」
「どういう…ことなのですか?」
もう一人のミューディが発した意味不明の言葉。その真意を知るために、テティスは二人のミューディに問いかける。
「…それは…」
始めにカイン達に姿を見せていた、白い服のミューディが言い淀む。その姿を見た黒い服のミューディが、もう一人の自分を嘲る様に哂いだした。
「ハハハハハ…ッ! 結局貴様はそうなんだよ…!
きれいごとばかりで、真実に眼を向けようとしない…この私にもなあッ!!」
「そんなこと…ない!!」
「ならば何故貴様は私を見ようとしない!!」
二人のミューディのやり取り。カイン達はそれを眺めている他なかった。
…しかし。
「…光牙波撃弾!」
テティスが、いきなり二人のミューディを分け隔てるようにして、光の気法を放つ。放たれた光弾は寸分違わず全弾同じ場所を撃ち抜いた。
「な、何をするんですか!!」
白い服のミューディがテティスを非難する。黒い服のミューディは威嚇射撃と判っていながらも、小さな舌打ちと共に姿を消した。
一方のテティスは、にこやかな顔でミューディを見据えつつ。
「話して…いただけますわね?」
言いつつ、その掌にはまだ錬気・還元された状態の光の神霊気が留まっている。
彼女お得意の早口があれば、即座に気法が発動できる状態だ。つまりは、テティスはやんわりとミューディにプレッシャーをかけているのだ。
さすがにミューディもテティスの意向─というよりは、怒気や殺気を感じ取ったのか、重苦しい面持ちで言葉を紡ぎ始めた。
「判りました…ここまで見られてしまった以上、皆さんに話さないわけにはいかないですね…。
彼女…今姿を消したのは、先ほど話した、もう一人の私です…。
いえ、正確に言うなれば、彼女の言うとおり、彼女は私の心の負の部分が実体化した存在なのです」
「なんで…そんな事になってしまったの?」
そこまで聞いて、サラが割り込む形でさらに問いかけを続ける。ミューディは、自分を落ち着かせるように一度下を向いて、話を続けた。
「発端は…やはり、あのレイヤに招いてしまったのが原因です。あの事故で、私に向けられた恨みや憎悪の声。
私にも皆さんにしっかりとお詫びしたかった…けど、それと同時に…私にも、レイヤの皆さんを呪う心が…あった。
それ故…自分の命を捧げた時…私の心から何かが抜けるのが判ったんです。それが…彼女。私の負の感情のみを抱いた…私」
「経緯は判った…あなたも苦労したんだね、ミューディ」
言葉が途切れた刹那の間に、カインがミューディを慰める。ミューディはそのカインの慰めに、やや曇りがちながらも微笑を浮かべた。
カインもそのミューディの様子にほんの少し微笑む。そんなミューディに、サラが問いかけを繋げた。
「それで…このレイヤの街を救うにはどうすればいいの? 多分、あの黒い服の方のあなたを浄化させればいいと思うんだけど…」
そのサラの質問とサラなりの回答に、ミューディは頭を振る。
「残念ながら…それだけじゃあ、だめなんです。私と彼女がもう一度一つになって、本当の『セリア・ミューディ』に戻らないといけないんです。
彼女はこの地下墓地のどこかに、彼女が眠っている依代があるはずです。
それを破壊して、私と彼女が一つになって…その上で私のこの死体を焼き払う。
これで、私は完全に成仏する事が出来る…」
「よし…行こう。一刻も早く、このレイヤの人達を安堵させてあげないと。ミューディ、その依代の場所は判るかい?」
「私も正確な場所は判りません…ただ、その依代があるおおよその場所は感知出来ます。そちらに案内します」
ミューディの声を聴いて、カイン達は頷く。皆、気持ちはカインと同じなのだろう。
「行きましょ、ミューディ。私たちも手伝うわ」
「さっさと行くか…これ以上陰気臭いのはごめんだ」
「参りましょう、ミューディ。私達が必ずやり遂げますわ」
「行こう! 皆で力を合わせれば、きっと出来るよ」
サラが。ヒユウが。テティスが。セイが。そして。
「みんな…行くぞ。このレイヤの地に、安息を取り戻すんだ」
カインが。ミューディを後押しする。ヒユウはややひねくれた言い方ではあるが。
刹那。
ふと、ミューディに向けられた殺意を感じ取ると同時に。
─死ねえッ!!
黒服のミューディの声が頭の中に響き渡る。次の刹那。
ミューディに向けて、思念波が放たれた!