Chapter.3

「…しかし、ああは言ったものの、最近ボクにはアンデッドの絡む話が多いな…」
グレームス邸を辞して、5人は地下墓地カタコンベの調査に向かうことにした。
地下墓地カタコンベに向かいながら、ヒユウは何となくボヤイてみた。
「チーニッカの事件でもそうでしたわね…けどヒユウ、それより前にもこういった話がありましたの?」
「…あった」
テティスの問いに、若干うんざりしながら答えを返すヒユウ。

「うんざりすのるも判るけど、今は事件解決が先決ですよ。頑張りましょう!」
やや空気が暗くなるのを察し、セイが明るく振る舞う。ヒユウは苦笑しつつセイに首肯を返す。

いつの間にか、街の外れに着いていた。
もともとこの事件のせいで街の中に人気は少なかったのだが、この辺りはさらに心寂しい雰囲気が空気を支配する。
「…ここがそう…なのかな?」
サラが街外れにある墓地の中に、大きな木をくり抜いて作った祠のようなものを見つけた。
ご丁寧に、両開きの扉まで設えられている。扉を開けると、地下に降りる階段があった。
「そうみたい…だね。みんな、行くぞ。何があるか判らないから、気を引き締めて行こう」
カインの呼びかけに、4人も首肯を返す。

階段を下りると、ややこじんまりとした石室になっていた。収められている棺の数はさほど多くはない。
この街の歴代の長と、一部の有力な人間の棺だろう。
そして、この棺の中に…グレームスが言っていた力の強い祈祷師、セリア・ミューディの棺もあるはずだ。
テティスが光の気法で照明用の光球を生み出す。その光球を頼りに、カイン達は一つ一つ棺を調べ始めた。
「あったわ…みんな、来て」
棺を調べ始めてから10分くらいが経った頃。サラが目的の棺を発見した。
「とにかく…開けてみようよ」
「セイ君、待って下さい。今、私とサラで除霊の方陣を引きますわ。開けるのはそれからでも遅くはないですわ。
サラ、手伝ってくださいな」
逸るセイをテティスがやんわりと制し、サラと共に方陣を引き始める。

「ねぇ、兄さん。この方陣は兄さんやヒユウさんが引いちゃいけないの?」
なんとなく手持無沙汰になったセイが、カインに問いかける。カインもそれに応じる。
「そんな事はないけど、この場はあの二人が陣を引くのが適役なんだ」
カインの返答に、セイは少し考えてから、
「…二人が女性だから?」
カインはそれに苦笑しながらやんわりと首を横に振ってセイの回答を否定し、セイの疑問を解説する。
「二人の使う気法の属性の性質だよ。テティスの使う光の神霊気法は、最も退魔の力を強く宿しているんだ。
サラの使う水の神霊気法も、魔を清めたり浄化したりする作用が強い。
だから、この二つの気法を使える神霊士プラーナーの所には、退魔や除霊といった依頼が来る事もある。
逆に、俺の使う風の神霊気法やヒユウの扱う闇の神霊気法は、邪気から身を隠したりする力が強い。
だから、魔除けとかそういった類で使われることが多いんだ」
「へぇ…そうなんだ」
カインの説明に、しきりに納得するセイ。そんな折、カインの説明が終わるのを待っていたかのように。
「さ、方陣が引けたわよ。棺を開けましょう」
サラがみんなを呼び寄せ、棺を開けに取り掛かる。

『せぇ…の…ッ!!』

ゴゴゴゴゴ…ゴゴ…ッ…

5人が力を込めて、棺の蓋を開ける。ゆっくりと、しかし確実に蓋が開いて行き、完全に蓋が開き切った。
棺の中を覗き込んでみるが、変わった物は何一つない。セリア・ミューディの遺体があるだけである。
ただ、その遺体には明らかな違和感があった。
彼女の遺体は、亡くなったであろう時の姿をそのまま保っていた。その美しい姿に、5人は暫し視線を釘付けにされた。
「きれいですわね…」
思わずテティスの口から零れ出る、素直な気持ち。残る4人も、何も言わずに…いや、言えずに呆然とその遺体を眺めていた。

刹那。

「…何か…いるな…」
「ヒユウさんも気づいたんですね」
ヒユウとセイが何かの気配を捉えた。カインも探知のための風の結界を展開させ、確かに何かを感じた。
しかし、カインはもちろん真っ先に気配を捉えたヒユウとセイにもその正体が何か掴みあぐねていた。
どうしたものか悩んでいると、ふとセイの心に声が聞こえてきた。

(セイ…セイ、聞こえますか)
「…シオン!? あれ…シオン?」
セイに精神気選択者マインド・プラーナ・セレクターとしての道を切り開いた先代の精神気選択者マインド・プラーナ・セレクター、シオン・アルネレスのものだった。
セイは反射的にシオンの姿を探そうとして、この場にいない事を思い出す。カイン達はそんなセイの姿を見て、思わず訝る。

(…そうか、シオンにもらったシオンの心の一部の写しのせいか)
(その通りです、セイ。よく思い出しましたね)
シオンに教わった思念言語での会話を思い出し、セイはシオンと己の心の中で会話をする。
(けどシオン、いきなりどうしたの?)
(あなたの心を通じて、今あなたに起こっている事が見えたので…ちょっとした助言を、と思いまして。
実はあの時、あなたに教える暇がなかったので言っていなかったのですが、精神気選択者マインド・プラーナ・セレクターは、霊魂と対話する能力を持っています。
これは、彼らが精神に近い存在だから可能なことなんです。今、カインやヒユウ、あなたが感知した存在というのは間違いなく霊魂です。
そしてセイ、あなたは精神気選択者マインド・プラーナ・セレクターとして覚醒したことによって、霊魂との対話が可能になっているはずです。
まずは、その霊魂と対話してみる事をお勧めします)
(霊魂と…対話…けど、どうやって?)
(思念言語で会話するんですよ。霊魂を思念でしっかりと感知すれば、自ずと会話できるはずです)
(判った…やってみるよ。ありがとう、シオン)

カイン達は、感じた気配の持ち主に対して手を拱いていた。その正体すら判らない状態だからだ。
「兄さん、僕に任せてくれ。僕が…何とかできるかもしれない。
もし、この気配の持ち主が、シオンが教えてくれた通りの相手なら…何とかなるはずだ」
「…判った、頼んでいいかい、セイ?」
カインの問いかけに、セイは力強く首肯を返した。

(心を落ち着けて…まずは、しっかりとこの気配の主を感知する…)
自分に言い聞かせながら、セイはこの場にいるであろう気配の持ち主─シオンは霊魂と呼んでいた─とコンタクトを試みる。
(ええと…僕の声が聞こえますか?)
すると、セイの思念言語を読み取ったのか、セイの心の中に直に一人の女性の声のようなものが響いてきた。
(はい…聞こえます…私に声をかけているのは…そこの銀髪の剣士の方ですか?)
(そうです。僕の名は、セイ・ヴィクトリィ。この街の町長のグレームスさんの依頼で、この街に起きている事件を解決しに来ました)
(私の…昨夜のあの声は聞こえていたのですね…よかった…)
(ちなみにお聞きしますけど…あなたは一体…? この件に多少関わりがあるような感じがしたんですけど)
(そうですね…その辺りの事も皆さんにお伝えしたいのですが…この結界のせいで…きちんと声を届ける事が出来ません…。
この結界を、魔除けの結界に引き直してもらってもよろしいでしょうか…魔除けの結界の中でなら、お話ができますので…。
私が今現世に留まっている魂に誓って…生前の誇りに誓って、皆さんを騙すような真似は絶対に致しません)
(ちょっと待ってて下さいね…さすがにこれは僕の一存じゃ決められないんで)

そこまで言うと、セイは一度思念の同調を切った。そして、カイン達に今会話した事をそっくりそのまま話した。
「なるほど、ね…みんな、どう思う?」
さすがにカインも一人では決めかねたらしく、残っている三人に相談してみた。
「どうするも何も…今はそれを信じるほかはないんじゃないかしら…」
「そうですわね…少なくとも手がかりはある程度そろっていた方がいいはずですわ」
少々悩んだうえで同意を示してきたサラとテティス。
「セイ…お前にはその霊魂の声が嘘を言っているようには聞こえたか?」
セイに質問を返すヒユウ。セイは会話の内容や霊魂の声色を思い返しながら、首肯をヒユウに返す。
「少なくとも…害意は無いと思います。まだこの声の持ち主がどこの誰なのかははっきりとはしないけど…」
若干言いよどむところもあったが、セイはこの霊魂を信じる事にした。
それを見たヒユウ。カインに視線を投げて。
「ならば…ボクも信じる事にしよう。その代わり、その霊魂に言っておけ。
『約束を違えるような真似をしたら、即座にボクが貴様を闇に還してやる』とな」
セイは苦笑しつつも再び霊魂との同調を始め、カイン達の出した結論を伝えた。もちろん、ヒユウの脅し文句も含めて。
(判りました…ありがとうございます…)

そして、今度はカインとヒユウが退魔の陣に重ねるような形で魔除けの陣を引き始めた。
それと同時に、サラとテティスももう少し範囲を拡大するような形で、再び退魔の陣を引き始めた。
こうすることで、退魔の陣の中にも霊魂が存在できるような空間を作ったのだ。
そして、退魔の方陣の一部を消すことで霊魂を引き込む口も作っている。もちろん、この口は霊魂を引き込んだ時点ですぐに塞げる様になっている。
「よし…準備OKだ。セイ、その霊魂を方陣の中へと導いてくれ」
セイは頷き、霊魂を方陣の中に誘導した。セイが方陣の中に霊魂が入ったのを確認すると、即座に退魔の方陣でその空間が塞がれた。

─ありがとうございます…これで皆さんにようやくお話ができる…
霊魂の声が、方陣の中に響き渡る。セイだけでなく、全員に聞こえる声になっていた。
「教えてくれ。あなたは一体、何者なんだ? 俺たちに何を伝えようとしている?」
─そうですね…まずは、私の身の証を立てないといけませんね…。
私の名は、セリア・ミューディ…あなた方が今しがた開けた棺の中に入っていた…器の中に入っていたものです…

4−2 4−4

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