Chapter.4

「さて…セイ。改めて貴方に精神気法の指南を始めたいと思います。準備は宜しいですか?」
「うん、いつでも」

セイはシオンに精神気法を伝授してもらう事を望み、シオンはセイを自らの後継者として望んだ。
二つの強い想いが混ざり合い、一つとなった。
そんな訳で、二人はガージェス邸を辞した後、アストアタウンの郊外にある、高台のある野原へとやってきた。

「とは言っても、まずは精神気法を使えるようになるためにする事、って言うモノは特に存在しないんですけどね」
シオンの一言にセイは思わずずっこける。
「じ、じゃあ…どうやって習得するんですか?」
セイの問い掛けに、シオンは得意げな顔をして。 「こうするんですよ。セイ、目を閉じて額の辺りに意識を集中していて下さい」
「…う、うん」
一転して真面目な口調になったシオンに若干気圧されながらも、セイはシオンの言う通りにした。
セイの意識が集中し始めた頃合を見計らい、シオンはセイの額に自らの指を当てた。
そうする事約10分ほど。突然、セイの頭の中でシオンの声が響いてきた。

(セイ、私の声が聞こえていますか?)
「あ、うん。聞こえてます」
しかし、シオンの返事は来ない。程なくして、再びセイの頭の中に響くシオンの声。
(…今の私には、貴方の肉声は通じていません。頭の中で言いたい事、話したい事をイメージしてみてください)
(言いたい事、話したい事…こんな感じかな?)
言われるがままに、自分の言葉を頭の中で紡いでみた。
(そうそう、そんな感じですよ。今、貴方の思念言語が伝わってきました)
(思念言語?)
(精神気を扱うものが持つ特別な技能、ですね。相手の精神と自分の精神を同調させて、思考だけで会話をすることです)
(それは判ったけど…これに何の意味が?)
(これを行えるようになる事が、精神気法を扱うための第一歩なのですよ。精神気法とは、云わば精神に意志を持たせてそれを操る気法。
それゆえに、この思念言語のやり方を学ぶ事が精神気法を操る上での入門となるんです。
セイ、貴方は初めてでこの思念言語のやり方をいとも簡単に習得してしまった。精神気法を操る上で充分過ぎる素質を持ってますよ)
(そうなんだ…)
(さて、第一段階は無事クリアと言うことで…早速第二段階へと入りましょうか。
セイ、今のこの状態を保ったまま一旦目を開けてみてください)
セイはシオンの指示に従い、目を開けてみた。刹那、目を疑うような光景が目前に広がり、セイはただただ絶句するしかなかった。
なんとシオンの肉体が透けて見えるのだ。

(シ、シオン…、これって!!)
(驚きましたか? 実は今、私の精神は貴方の精神に同調しているんです。
思念言語を使うには、必ず精神気法が扱える者がこのように精神を同調させる必要性があるんです。
そして、その精神同調の実行者はこの様に肉体が透けて見える状態になってしまうのです。
第二段階は、セイがこの状態を取れるようになる事です。…それではこれから一旦同調を解きます。
セイ、申し訳ないんですがもう一度額に意識を集中していてください)
シオンの頼みどおり、セイは再び額に意識を集中し始めた。
「はい、もう大丈夫ですよ、セイ。眼を開けてください」
程なくしてシオンの声がセイの耳朶を打つ。今度は紛れも無いシオンの肉声だ。
そしてセイが眼を開けると。今度は肉体の透けていない、輪郭のはっきりとしたシオンが目の前に居た。

「さあ、セイ。次は貴方が私の精神に同調して、私に思念言語で話しかけてみて下さい」
「…はい」
意を決して、セイは先ほど自分がやられたようにシオンの額へと指を当て、意識を集中し始めた。
「そうです、貴方の意識が私に流れ込んでくるのが判りますよ…。
そのままそのまま、ゆっくりと…の精神の…長に自…の精神…波長を同調…せて……ん…す…」
次第に、シオンの声がセイの耳に届かなくなっていった。

(あれ…一面が真っ白だ…これが…シオンの精神…なのか?)
セイは、気付くと辺り一面真っ白な世界の中にいた。
光で満ちているわけではなく、足元も地面を踏みしめた感触と浮遊感の混ざったような感覚。
ふと、声が響いてきた。紛れも無いシオンの声である。
(そうですよ、セイ。今貴方がいるのが、私の精神の中なんです。
恐らく、周りの空間から私の声が聞こえるような感覚になってると思います。その感覚で声が聞こえれば合格ですね)
「そうなんだ…あれ? 今僕自分の声で話してるぞ…」
(早速気付いたみたいですね。相手の精神に同調したものは、相手の精神の中で、自分の口で喋れるような感覚を持ちます。
初めての同調でそこまで気付くことが出来れば大したものですよ)
シオンの賞賛に、セイは思わず照れ笑いをこぼす。
(…さて、セイ。これから貴方を気法が使えるようにしましょう。お手数ですが一度同調を切って下さい。
そのままの状態で、上へ上へと昇るイメージをして下さい。
実際に自分の足で階段を登るような感じでも良いし、宙に浮かぶようなイメージでも構いません。
とにかく、自分が上へ上へと昇る姿をイメージするんです)
(昇るイメージ…昇るイメージ…空に…昇る…)
ゆっくりと。ゆっくりと。シオンに言われたように上昇するイメージを築きあげて行く。すると、徐々にセイは体が暖まって行くような感覚を感じ始めた。

一体、どれほどの時間そうしていたのだろう。不意に、シオンから声が投げかけられた。
「セイ、目を開いて下さい。もうこちらに戻ってきてますよ」
「…ん」
セイは眼を開けると、先ほどまでと同じ光景になっているのに気づいた。シオンは満足げな表情でセイを見つめていた。
「セイ、お見事です。貴方は私が想像した以上に精神気法を扱う為の素質を持っていたようですね。
…それでは、改めて貴方に精神気法が扱えるようになる施術を行いましょう」
「せ…施術!? 一体何を…!!」

ずぶり。

セイが訝しむ間もなく。
そんな音さえ立てて、シオンはセイの腹部に自らの手刀を突き込んだ。
「シ…シオン…何…を…!!?」
「慌てないで下さい。精神気法を扱う素質のある者が実際に精神気法を扱えるようになるにはこうする必要があるのです。
精神気法を扱える者が素質ある者の精神を目覚めさせなくてはならないのです。
それ以外にも、貴方は心皇気法も使えないのでそれを使えるようにするためでもあるんです。
こうして貴方の腹部に私の手を突き刺していますが、痛みは全く伴わないはずですよ」
「あ…あれ…? 本当だ…全然痛くない」
「しばらくそのままの状態でいて下さいね。施術自体はものの5分程度で終了しますから」
そう言うと、シオンは口の中で小さく言魂ワードを紡ぎ始める。
そして程なくしてシオンはセイの腹部に突き刺していた自らの手をゆっくりと引き抜き、言魂ワードを唱え終えた。

「さあ、セイ。これで貴方は心皇気法と、そして精神気法が扱えるようになっているはずです。錬気を行ってみて下さい」
「う、うん」
セイはゆっくりと呼吸を整え、錬気を行った。

(…!!)
セイは自身を流れる心皇気の流れが活性化していくのが手に取るように判った。錬気によって活性化した心皇気を自らの掌に集中させていく。
頭の中で手に収束された心皇気を小さな礫に変えるイメージを構築し、同時にそのイメージを言魂ワードによってさらに事象付けてゆく。
─我が内に宿りし生命いのちの源流たる力よ
 我が掌へと集いて 我が前に在りし魔を討つ力と化して
 魔を砕きし礫を成せ─

心撃弾フォース・ブリッド!!」

キュキュキュキュキュン!!!

セイの掌から、心皇気によって生み出された小さな礫が放たれる。その礫は飛来軌道上にあった小さな岩を砕く。

「やった…!! 僕も、僕にも気法が扱えるようになったんだ!!」
子供のように無邪気にはしゃぐセイを見て、微笑むシオン。
「さ、セイ。はしゃぐのはその辺にして、本格的に精神気法を使ってみましょう」

3−3 3−5

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