Chapter.3
「さて…セイ。先ほど貴方に言った『気法が使えない理由』についてを説明させていただきますが、宜しいですか?」
あの後。シオンとガージェスの会話が一通り終わり、不意に二人の下へと呼ばれたのである。
あまりといえばあまりに突然な事態に少々気圧されながらも、セイは二人の待つ部屋へと足を踏み入れた。
気法の使えない理由、といわれてセイは反射的に頷き返していた。
やはり幼い頃から何故自分は気法を扱うことが出来ないのか、という疑問は常々持っていた。
その謎が少しでも明かされるのなら、とセイは思い、シオンの話を聞く事にした。
「その前に…セイよ。お前の兄・カインや私の娘・サラが神霊選択者である事は承知しているな?」
セイはその話をガージェスから、そして或いは兄であるカイン自身から聴いていたので素直に頷く。
「実はお前が気法を使えない、というのはその事が少々影響しているのだ」
「? どういう…事ですか?」
続けられたガージェスの言葉を聴き、さすがにセイもやや驚いた様子だった。
「そこから先は、私が説明致しましょう。…その前にセイ、確認しますが。
貴方のお兄様、カイン・ヴィクトリィは風の神霊選択者である、それは間違いないですね?」
「はい、間違いないです。僕も兄さんの手伝いでかなりの数の戦闘を共にこなして来たつもりですから」
その返答を聞き、シオンは一呼吸置いてから。
「では…神霊選択者の変え星、という存在は聴いた事がありますか?」
「変え星…?」
初めて聴く単語に、セイは思わず首を傾げる。その反応を見てシオンはやはり、というような表情を刹那の間浮かべて言葉を続ける。
「神霊選択者の変え星、というのは…謂わば神霊選択者の代行者、とでも言えば判り易いと思います。
ただ、ここで言う代行者とは一時的に力を扱える、とかそう言った意味ではなく、完全に全てを引き継ぐ、という意味で捉えて下さい」
セイは黙して頷く。シオンはそれを確認してさらに言葉を続ける。
「変え星…少々言い方は悪いですが替え玉、と考えてもらった方がいいかも知れませんね。
神霊選択者が何らかの理由で力を失ったり、命を失ったりした時、その力を受け継ぐための存在。
それが神霊選択者の変え星です。ここまでは宜しいですね?」
「判ったけど…それが僕が気法を使えない理由と何が関わりあるんですか?」
「実は、神霊選択者の変え星に選ばれた人間は、基本的には神霊気法を扱うことが出来なくなります。
稀に肉親に神霊選択者が居た場合、その影響力はかなり強くなる、と聴いた事があります」
ここまで聴いて、セイは自らの頭の中にある一つの考えがよぎり始めた。そしてそれを確認する意味で、その思ったことをシオンにぶつけてみた。
「それじゃあ…僕が気法を使えない理由って…僕がその、神霊選択者の変え星だから、って事なんですか…?」
「そうです」
その疑問に、シオンは即答した。
「僕が…神霊選択者の変え星…そんな理由で…気法が使えなかったのか…」
「ただ…セイ。貴方が心皇気法まで使えない、というのはもう一つ理由があります。
本当に極単純な理由なんですが…聞きたいですか?」
続けられたシオンの言葉を聞き、思わず反射的にセイは頷き返す。
「貴方が心皇気法まで使えない理由は…貴方がきちんと気法の扱い方の勉強をしてないからですよ、セイ」
本当に意外すぎる答えに、セイは思わず唖然としてしまった。
「そういえば…兄さんからしっかりと気法の使い方とかを学んでなかったような気が…する。
剣を学びたい、っていう思いも漠然とあったからかも知れないけど…」
セイは呟きながら過去の記憶を呼び戻し、自分が気法を学んでいる姿を思い出そうとした。
しかし、呼び起こせども出てくるのは剣に対する思いばかり。今しがた、彼自身が呟いた通りなのだろう。
「そして、先ほどの神霊選択者の関連でもう一つ貴方にお話する事があるのです」
小さく咳払いをして、シオンはセイが落ち着くのを待ってから再び口を開いた。
「セイ、貴方は『忘れられし祝詞の奏者』という存在をご存知ですか?」
「いえ…初めて聴きました」
「まあ…これは知らなくても当然です。グラストリアの…神霊選択者の歴史でも、語られる事はまずありませんから」
シオンは一息入れ、さらに言葉を続ける。
「『忘れられし祝詞の奏者』…それは、グラストリアの歴史に隠れたもう一つの気法を操る者達の事です。その気法の名は…『精神気法』。
そして、その中でも最も高い力を持つものが精神気選択者。
神霊選択者達を導き、護り、共に戦う存在です。
…尤も、精神気法を操れる種族は滅んでしまい、今ではこの世に一人しかいません。
故に今は精神気法を扱えるものが精神気選択者と言うべきでしょうか」
「そこまでは判ったけど…何故滅んでしまったんですか?」
「私も詳しい事までは判りません。ただ…過去にあった大いなる災厄によってその一族の殆どが滅ぼされた、と聴いた事があります。
そして…精神気法は生まれつき特殊な資質が備わっていないと扱う事すら出来ない。
その扱いと習得の困難さ故に廃れてしまった、と言うのもあるでしょうね」
シオンの話を一通り聞いたセイはここである疑問に思い当たっていた。それをぶつけるために口を開いた。
「…一つ、聴いてもいいですか?」
「何でしょう?」
「今までの話で、その精神気法と言う気法を使える人間がいる、と言う事までは理解できました。
けど…けどなんでそんな滅んだ文明…というか技術の事をそこまで知っているんですか?」
「………………………………」
このセイの詰問を受け、シオンは暫し押し黙ってしまった。しかし、やがて意を決して口を開く。
「…判りました、本当の事を話しましょう。とは言っても、この話を貴方が信じてくれるか否かの問題なのですが…。
何を隠そう、私自身がその精神気法を受け継いだ者なのです」
「…………へ?」
予想もしなかった答えにセイは再び唖然としてしまった。
「…まあ、あまりにも唐突な事なんで、そういう反応をするとは思っていました。
これは口で言うよりも…実際にお見せした方が早そうですね。私の掌を見ていて下さい」
そう言うが早いが、シオンは掌を天に向けて意識を掌へと集中させていた。セイも言われるがまま、シオンの掌を凝視していた。
すると…シオンの掌がたちまち白銀色の煌きに包まれた。
「これが…精神気法を行使する際に扱われる気…精神気です。
セイ…私は確かに精神気選択者であり、『忘れられし祝詞の奏者』なのですが。
とある重大な理由で私は神霊選択者の手助けをする事ができないのです。
そんな訳で、急ぎ後継者を探していたのですが…実はこの街で後継者を見つけたのです。それは…セイ、貴方です」
「へ…? ぼ、僕!?」
「そうです、セイ。そして改めて貴方にお願いします。私の後継者になっていただけないでしょうか?」
セイは暫し逡巡した後に。
「シオン…貴方の後継者になれば…兄さんを、神霊選択者の皆さんを手助けできるんですね?」
「それは…貴方次第ですよ、セイ」
「…僕は今まで、兄さんを手助けしたいと思っていた。けど、僕には気法がなかった。
だから最後の最後で兄さんの事を助ける事が出来なかった…だから、凄く悔しくて、凄く情けなくて。
けど…兄さんと同じ土俵で共に戦う事が出来るのなら。兄さんを本当の意味で助ける事が出来るようになるのなら…。
シオン、僕にその資質があるのなら…僕にその精神気法を教えて欲しい」