Chapter.5

「よ、っと…これで終わりだね。ありがと、ヒユウ」
「気にするな。それより、この牙にはまだ黒液の成分が残ってるんだろ。
どうやって持ち運ぶんだ?」

大蛇龍ドラゴンサーペントを苦闘の末に退治した4人。
その死骸から牙を採取して、村人達との傷跡と一致させようと考え、リフとヒユウがその牙を顎から斬り外す。
しかし、その牙にはまだヒユウの言うとおり、黒液の成分が残っている。
そのため、そのまま持ち運べば皮膚がその酸で焼け爛れるのは必至である。
しかし、リフは問題ないというように微笑んで。

「その為の適役が、今僕達の中にいるじゃないか。ミント、手伝って」
「へ? あたし??」

不意に名を呼ばれ、弾かれたように振り向くミント。
「そう、ミントが居れば万事オッケーだよ」
「それはいいけど、どうすればいいの?
まさかあたしにこれ持ってけ、なんて言わないでよねっ!?」
「ハハハ、大丈夫。幾らなんでもそんな無茶は言わないって。
ミント、氷の気法でこの牙の表面だけを冷却してくれるかい?」
「あ、なるほど。氷付けにして黒液の成分を剥ぎ落としちゃうんだ」
「そう言う事。それじゃよろしく頼むね、ミント」
「うん、任せといて〜」

言うが早いが、ミントは錬気と還元を並行して行い、氷の気法の発動準備にかかる。
そして程なく発動準備が整い、ミントは冷気を牙へと吹きつける。
みるみるうちに牙は霜のヴェールを纏い、木漏れ日を反射させてキラキラと輝く。
そして放置する事10分程度。霜は水となって流れ落ちていた。
そして、霜の流れ落ちたその牙の表面を、リフが指で軽くなぞって見る。
獣の牙特有のざらりと、それでいてつるつるした触感。
自分の指を見てみても、酸で焼け爛れた後はない。完全に黒液の成分が剥がれ落ちたようである。
「よし、これで運搬準備完了だね。じゃ、みんな。チーニッカまで移動しよう。
こんな瘴気に侵された生物の居る森の中での野宿は、ゴメンだからね」
リフの提案に3人は首肯を返し、その牙を抱えあげた。

そして歩く事2刻。
重い牙を持っていたので歩くペースは落ちてしまったものの、何とか夕方までにはチーニッカに戻る事が出来た。
4人が村に戻ってきたのを見たチーニッカ村長、ミレインが4人に駆け寄ってくる。

「おおお、無事だったか! 良かった良かった。ところで…この牙は何だ?」
行きにはこんな物を持っていなかったため、聞くのは当然の事である。
「ああ、これか。実は…」
皆が牙を地面に置き、ヒユウが掻い摘んで事情を説明し始めた。
「…ふむ。なるほどな。
つまり、この牙の元々の持ち主である大蛇龍ドラゴンサーペントが、この村の人間を襲っていた可能性が高い、という事か」
「まあ…あくまで可能性ではあるが。けど、ボク達はその可能性が高いと踏んでいる」
「皆さん、すまんな。ありがとう…村長として、この村の皆を代表して礼を言わせて貰う」
「気にするな。アンタがボク達に依頼した事だろう? ならアンタはボク達を信じてくれてればそれでいい。
しかし…もう夜も近い。確認作業は明日から行わせてもらう事にする。悪いが、村長にも協力して欲しい。
具体的には…」
「…ふむ、判った。では、傷を負った者達には私のほうから連絡しておく」
「よろしく頼む」

「しかし…ああ言ったものの、巧く行くかな?」
「さあな…ボクもその人たちの容態や傷口を見ていないから何とも言えないが…」
「な、何とも言えないってそんな無責任な…」
「ミント、忘れたのか? あくまで可能性を調べるため、って事だ。
本当の傷とは限らない。現に村長だってそんなに糠喜びはしてなかったろう」
「そうですわね…まだ事態が解決していない、と心のどこかで思っていられるのでしょう。
だから落ち着いた感じで行動されていたんですわね」
「そっか…とりあえず、今は明日を待つしかないって事か…」
「そう言う事だ。とりあえず、今日は疲れた…とっとと寝よう」

夜が明けて翌日。4人は村の広場へと向かった。相も変わらずヒユウは低血圧で眠そうだが。
広場には、既に村長をはじめ、今回の事件で怪我をした村人達が集まっていた。
ただし、怪我をした人たちはあくまで治りかけている者や軽症の者達だけではあるが。
「では始めるかの。皆さん、よろしく頼む」
ミレインの呼びかけに4人は頷き、準備を始める。
傷を負った人たちの傷口の形状と、持ち帰った牙とを慎重に、丁寧に検分していく。そして。
リフの口から全員に結果が伝えられる。
「…結論が出ました。恐らく、皆さんの傷口はこの大蛇龍に付けられたものと思います。
牙の形状と、皆さんに付けられた傷口がほぼ一致してます」
「それじゃあ…!!」
表情が明るくなる村人を眼で制しつつ。
「はい。皆さんが傷つく事は、そしてこの村への被害は…恐らくもうないと思います」

ワァァァァァァァァッ!!!

村人達の歓声が響き渡る。そう。今この村は魔獣の恐怖から開放されたのだ。

歓ぶ村人達を眺めつつ、4人も微笑を浮かべる。
「良かったね! これであたし達のお仕事も終了…かな?」
「うん、そうだね…さあ、アストアに帰るとしようか、皆」
「そうですわね。そろそろ、カイン達も戻って来ているでしょうか?」
喜ぶ3人を尻目に、ヒユウは一人意を決したかのように。
「いや…まだ終わってないぞ」
その一言を聞いて、3人は怪訝な顔をしてヒユウを見つめる。
「…考えて見ろ。あの大蛇龍ドラゴンサーペントを侵した程の瘴気だぞ。
よほどの濃度か、大量に瘴気が溢れてきたとしか考えられない。
このまま放置していたら大変な事になるぞ。この瘴気の発生原因を探る。
それが済んで、初めて今回の件にカタが付く事になる」
「…そうだよね、そこまで気が廻ってなかったな…。
よし、やろうよみんな。ここまでやらなきゃ、僕たちの名が廃るだろ?」
「そうですわね。頑張りましょう」
「乗りかかった船だもんねっ」
こうして、4人は瘴気の発生原因を探るために、さらにあの森を調査する事にした。

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