Chapter.3

「…ヒユウ、大丈夫かい? もし体調が悪かったらもう少し休んでからの方が」
「…いや…大丈夫だ…多分。このままゆっくりと体調を落ち着けて行く…」

翌朝。その問題の森へと向かう4人。しかしヒユウは相変わらず朝はグロッキー状態である。
しかしそれはやはり自分の体。彼の言うように、1刻もあれば、彼はきちんと自信で体調を整えている。

「けど…今はまだ何も変化らしい変化はありませんわね…」
「そうだね〜。このまんま何も無かったりして…」

ガサッ ガサ ガササッ

「なんて事は無いみたいだね」
木の葉の擦れる音を聞き、4人は即座に身構える。
「けれど、今の音…こんなに近くに来るまで何の気配も立ててなかったですわね…?
私達なら兎も角、ヒユウにまで気配を悟らせないなんて…」
「ああ、気を付けた方がいいな。実際、ボクも今の今まで全然気づかなかった…」
「朝の低血圧のせいもあるのかもね」

ピシリッ!

ミントのふと漏らした一言に、一気に周囲の空気が凍りついた。

「…ミント…後で覚えとけよ…」
漸く絞り出されたヒユウの声は、ミントに対する凄まじい憤怒が凝縮されていた。
その声音に思わず戦慄を覚えるミント。気を取り直し。
「と、とにかく! 緊張しよ!! 相手はいつ来るか判らないんだから!!」
「あの〜、ミント、お取り込み中悪いんだけど」
「気配の主は、今のヒユウの殺気を感知して、さっさと逃げていってしまいましたわ…」

……………………………………………………………………………………………………………………………。
何とも気まずい沈黙。

「ま、まあとにかく。大事がなかったと言う事で納得しておこうよ、うん」
リフの提案に頷き、再び周囲の探索を行う事に。しかし、特にこれと言った手がかりは出てこなかった。
「とりあえず、一休みにするか。少し腹も減ってきたしな」
「そうだね、ちょっと早いけど昼食にしようか」
「あ〜もう、あたしお腹ペコペコッ」
「村長さんが焼きたてのパンを届けて下さりましたわ。それを使って、ホットサンドイッチを作ってきましたの。
後は…スクランブルエッグに、トマトとブロッコリーのサラダも召し上がってくださいな」
「わぁ〜! テティの料理食べるの、すっごい久々!」
「美味しいんだよね、テティスの料理」
「ああ。ボク達の中では間違いなく一番料理が巧いだろうな」
「まあ、お褒め頂いて嬉しいですわ、私も頑張って作った甲斐がありますわ。
けど皆さん、私の分も取って置いて下さいな? 私もとってもお腹減っていますの」
「大丈夫だよ、テティ。みんなもその点はちゃーんと押さえてるよっ」
ミントが口をもごもごさせながらテティスに言う。
「ミント、その状態でそう言っても説得力全然無いよ…」
「わ、わかってるよ〜ッ! リフのいじわるッ!」

程なく昼食を終えて。再び探索を始めた4人。慎重に気配を探りつつ、森の中を歩く。
大分森の奥深くまで来たらしい。周囲の空気に、じっとりと重い湿り気の量が増していった。
その為に体感温度もじわじわと上がっている。しきりに頬を、額を汗が伝う。
「気温的には変わってないのに…あっついなぁ、もう」
「ミントは特に暑く感じるか…やっぱり、氷の神霊士だから?」
「それもあるけど…でも、私はただ単に暑がりなだけなのっ」

刹那。

4人を取り巻く空気が異様に重さを増した。背中合わせに四方を向き、互いに互いの死角をなくす。

「みんな、気をつけろ! この気配、明らかに野生の獣じゃない!」
「魔獣の類…ですか?」
「何とも言えないが…死の気配が濃すぎる。こんな死の気配は、野生の獣は放ったりしない」
「皆…気法の準備だけは忘れずに。気配の位置は特定できるかい?」
「ああ…この空気のせいで気配が拡散されがちだったが、捉えた。
距離はおよそ250メルトル、ボクから見て丁度真南の方角…だな」
「! みんな、来るよッ!!」

ギャエェェェェェェェェェッッッ!!!

「う、嘘!? 何でこんな所に大蛇龍ドラゴンサーペントがいるのよ!?」
茂みから現れた気配の主を見て、思わずミントが狼狽の声を上げる。

大蛇龍ドラゴンサーペント。龍の亜種で蛇の如く長大な体を持ち、地面を這いずり回る姿からその名が付けられた。
黒液と呼ばれる、高濃度の酸を含む猛毒を口から吐き、それによって獲物を仕留める。
敵と見做した相手には容赦なく襲い掛かり、確実に息の根を止めるという性格も持ち合わせる。
ただ、この生物はその見た目とは裏腹に非常に警戒心が強く、めったに人前に姿を現すことは無いとされる。

「くそ…僕達は知らず知らずの内にあいつの縄張りに踏み込んでたのか…」
「こうなった以上、こちらも倒すしか生き残る術は無いな。みんな、構えろ」
皆に言いつつ、早くも臨戦態勢を整えるヒユウ。リフとミントも各々の武器を抜き放つ。
リフは双剣、ミントは刀身の細いショートソード。
しかしその一方で。
「お待ちくださいな、ヒユウ。何だかあの大蛇龍、様子がおかしくありません?」
テティスが待ったをかけた。ヒユウは訝しげにテティスと大蛇龍ドラゴンサーペントとを見やる。
「…! 確かに…瞳孔の色が変だ。普段なら真青なはずなのに、今は逆に真っ赤だ…」
何かに猛っているのか? そう考えた刹那。

大蛇龍ドラゴンサーペントがその長大な尾を振るって襲い掛かってきた。

「くそッ! テティス! 考えるのは後だ! このままだとボク達がヤバい!
こんな所でこっちまで命を落とすわけには行かない!」
「…そうですわね。何の罪も無い命を奪うのには聊か抵抗がありますけど…」
やむなく、テティスも武器を構える。彼女の武器は巨大な十字剣クロスだ。
「行きますわよ、皆さん」

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