Chapter.10
「今…何と言った? この瘴気の穴を塞ぐと困る、と?」
「ふむ、そう言うたつもりなのだが…ニンゲンの耳にはそう聞こえなかったかの?」
突如、不意に現れた老人。外見だけ見れば一見普通の温厚そうな男性老人なのだが。
その放つ気配は殺意と禍々しさを併せ持っていた。
ふと見ると、自分達を取り囲んでいたアンデッドモンスターたちが動きを止めている。
その光景を見て、リフはある結論に辿り着く。
「お前…屍体術師だな…? お前が、この森に瘴気を溢れさせたんだな…?」
そのリフの質問を肯定するが如く、老人が不敵な笑みを浮かべる。
「フォフォフォ…なかなかの洞察。ニンゲンにしては大したものだの。
貴様の推察どおり、この儂、屍体術師ガランこそこの森を瘴気で満たした張本人じゃ。
しかし…貴様らがあの大蛇龍を始末した4人組だったとはな。大事なモルモットをよくもやってくれたもんじゃて」
一応、建前では口惜しそうな事を言ってはいるものの、その口調からはそれは欠片も感じられない。
「貴様らニンゲンの神霊士如きにこの穴を封じる事は出来ぬとは思うが…。
他のニンゲンどもに知れ渡って、小煩い連中に嗅ぎ回られるのは煩わしいでの。
悪いが始末させてもらうとするか。悪く思わんでくれよ」
言うが早いが、ガレンは瘴気で形成された槍を投げ放つ。
「皆さん、私の傍に! 封光遮壁!」
テティスは3人に声をかけて傍に寄らせ、光の結界気法を発動させた。
あっさりと光の結界の前に砕け散る瘴気の槍。それを見て、ガレンは不意にニヤリと笑う。
「ふむふむ。あの大蛇龍を倒す辺り、結構な力量じゃと思うておったが、なかなかどうして。
ニンゲンの割には、やりおるの。いい退屈凌ぎにはなりそうじゃ」
「…いちいち癇に障る喋り方だな…黙ってろ」
「…なんと!!」
やや見下した口調で4人を評するガレンの背後に、いつの間にかヒユウが回りこんでいた。
横薙ぎにクロウを振るうも、すんでの所で避けられる。
「…いやはや。さすがに今の一撃には少々肝を冷やしたわい。
たかだかニンゲンと侮っておったが、なかなかどうしてやるではないか。
こちらもこれ以上遊ばずに、ちと本腰を入れて闘わせて貰うとするかの」
言うが早いが、ガレンは膝を突いて屈み、人間には発音不能な呪を紡ぎ始める。
「カアアアアッ!!」
ガレンが叫ぶ。と同時に、ドーム状に瘴気の衝撃波が形成され、拡がって行く。
「テティス! 僕と一緒に二重に結界を張るよ!」
「判りましたわ!」
「雷亢断!」
「封光遮壁!」
リフとテティスが同時に結界気法を発動させる。
リフの稲妻から放たれた衝撃が瘴気の衝撃波を相殺する。テティスの編み上げた光の結界が、衝撃波を遮る。
その衝撃で辺りに土煙が立ち込め、ガレンもリフ達も互いに相手を刹那の間見失った。
しかし、その刹那が命取りだった─ガレンにとっては。
「ヤアッ!」
「ハアッ!」
ミントとヒユウが同時に斬りかかる。ミントは前から、ヒユウは後ろから。
さすがにガレンもこれには対応できず、ミントの一撃を胸元に、ヒユウの一撃を首筋に受ける。
「貴様らァァ! 手を抜いていれば付け上がりおって! もう許さん! 血祭りにあげてくれるわ!」
格下と見ていたリフ達に手傷を負わされたことが余程癪だったのか、激昂するガレン。
しかし、それを聞いたヒユウは不敵な笑みを浮かべる。
「丁度いい…だったらボク達も本気でやらせてもらおうか」
「…?」
そのヒユウの大胆かつ不遜な態度に、訝るガレン。
そんなガレンに対し、4人は次々と高らかに名乗を揚げてゆく。
「ボクの名は、ヒユウ・ビガロ・ビクトルース。
黒の闇影にして、粋なる未来を築く者! 闇の神霊選択者!!」
「私の名は、テティス・ラインガルド。
白の凛光にして、誇り高き自由を描く者! 光の神霊選択者!!」
「僕の名は、リフ・ランザード。
紫の雷迅にして、尊き信頼を叫ぶ者! 雷の神霊選択者!!」
「あたしの名は、ミント・ルティオス。
蒼の氷河にして、強き絆を護る者! 氷の神霊選択者!!」
「貴様ら…まさかあの神霊選択者だったとはの…なるほどなるほど、道理で強いわけだ」
4人の名乗を受け、飄々とした態度で隠してはいるが驚きを隠せないガレン。
本来ならば、神霊選択者とは伝説上の存在である。ガレンは今まさに、生きた伝説と相対しているのである。
「ならばお互い…全力と言うことで仕切りなおし、かの…」
呟きながら、ガレンはその身に蓄えていた瘴気を開放した。濃密な負の感情が、一気に辺りに撒き散らされる。
しかし、ヒユウ達は怯む事無くガレンを睨み据える。しっかりと錬気を行いつつ。
「行くぞ、みんな」
『おう!!』
ヒユウの静かな開戦意志に、力強く答えるリフ、ミント、テティス。
そして、ガレンへと向けて駆け出す。
「けえェェェェ!!」
ガレンは猛々しい叫び声と共に、瘴気の炎の珠を次々と投げ放つ。蒼紫色の炎が雨のように降り注ぐ。
ヒユウ達は難なくそれを避け、みるみるうちにガレンへと肉薄していく。その足捌きはまるで幻影の舞踏の如く流麗だった。
「ボク達の力を受けろ…! みんな、新星気法を使う!!」
『判った!』
「黒拳砕打!!」
ヒユウの拳を、硬質化された闇の神霊気が覆う。その拳で、ヒユウはガレンの顔面を渾身の力で殴りつける!
ガスゥ!!
「…!!」
あまりのダメージに、声も出せずくず折れるガレン。
「次は私ですわ! 光夢飛塊!」
テティスの掌から、二つの光球が舞い飛ぶ。光球は自らの意志でガレンに向かって攻撃を仕掛ける。
「ぐ…グクッ!!」
ガレンにじわりじわりとダメージが蓄積されてゆく。
「今度はあたしの番だよ! 氷刃凍牙!!」
槍状の凍気刃が、牙の如くガレンに喰らいつく。ガレンに喰らいついた凍気刃は、獣の牙の如くガレンを喰い千切る。
「ガアアアアアッ!」
苦悶の叫び声をあげながらも、何とか耐えるガレン。
「そして、最後は僕だ! 雷光牢界陣!!」
リフの手から、4つの小さな雷球が放たれる。その雷球はガレンを取り囲み、三角錐状の雷の結界となってガレンを中へと封じる。
その結界の中で雷撃が荒れ狂い、ガレンの肉体を容赦なく焦がす。
「お…おのれェェェ!!!」
ガレンは息も絶え絶えに、それでも呪を紡いで自身を4つに分け、結界の中から逃れる。
しかし。
それこそ、4人が狙っていた瞬間でもあった。
─天の嘶きと共にある 大地に降り注ぎし猛きもの 汝の名は雷
その力 その意思 我が元に集いて
我が前に在りし万物の魔性に 神聖なる稲妻となりて裁きを齎せ─
─冷たき水より生まれいづる 凍てつく力を閉ざせしもの 汝の名は氷
その力 その意思 我が元に集いて
我が前に在りし万物の魔性に 全てを凍てつかせし吹雪となりて裁きを齎せ─
─光と共に命ある 夜を司りし粋なる揺蕩うもの 汝の名は闇
その力 その意思 我が元に集いて
我が前に在りし万物の魔性に 魔を封じ奈落へと落とす鏡となりて裁きを齎せ─
─闇と共に世界に在りし 昼を統べし全ての命を照らすもの 汝の名は光
その力 その意思 我が元に集いて
我が前に在りし万物の魔性に 天より降り注ぎし断罪の光雨となりて裁きを齎せ─
『この森を荒らす邪なる屍体術師・ガレン! 神霊選択者の名の元に滅びよ!』
「稲妻天昇閃!!」
「零河氷吹雪!!」
「暗黒鏡封陣!!」
「降天聖光波!!」
地面から噴き上がる神聖なる稲妻が。
全てを凍結させる絶対零度の吹雪が。
魔を内に閉じ込め深淵へと誘う鏡が。
天津空から降り注ぐ断罪の光の雨が。
4つに分裂したガレンの肉体それぞれを。
焼き焦がし。
凍てつかせ。
封じ込め。
消し去った。
グガアアアアアアアアアッ!!
ガレンの断末魔の咆哮。それは、ガレンが残した最後の一声だった─
「やれやれ…やっと終わったか」
「いや、まだ終わりじゃないよ、ヒユウ」
「そうだったな…瘴気の噴き出すあの穴を、さっさと塞ごうか」
「もうひと頑張り、ですわね。皆さん、頑張りましょう」
「早く終わらせて、アストアに帰ろッ! カイン達もきっと戻って来てるよ?」
「そうだね。そうしないと今度はこっちが待たせる事になるね…」
「そうと決まれば、とっとと終わらせよう。文句を言われるのはウンザリだ…」
「それでは、取り掛かりましょう、皆さん?」
そして、彼らはこの地を救い、アストアへの帰路へと着くのだが。
アストアに着いて以降、否応無しに世界の命運をその身に委ねられる事になる。
彼らは未だ、その未来を知らない。
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