Chapter.8
「ここが、司教様の寝室です」
カイン達は、修行僧に案内されるままにその部屋へと向かった。
彼に付いて行く前に、実は待伏せされていると言う可能性も頭を擡げたが、その点はとりあえず心配ないらしい。
彼曰く、新月の日は獣神信仰における聖なる日、と言うことで新月の日は僧侶達は皆各々の部屋で黙祷を捧げているのだという。
寄しくも、今日は新月だった。僧侶達が皆其々の部屋から出てこないため、廊下は異様なまでにひっそりとしていた。
「けど、それじゃあ何故あなたはさっきあの場所にいたの?」
サラは先ほど廊下で今行動を共にしてる修行僧と出くわした時の事を問い掛けてみた。
「あれはただ単に私が今日の正門玄関の戸締り担当だっただけなんですよ。
で、戸締りを確認しに行った時に皆さんとバッタリ会った、と言う訳なんです」
「ふぅん…」
サラは帰ってきた返答にやや気の無い相づちを打つ。修行僧も特に気にしたようではなく、再び扉に向き直る。
「それでは…開けます」
修行僧の声に、4人はゆっくりと首肯する。
コンッ、コン。 ぎぃぃぃぃ…ぃっ
「新月の夜に失礼致します、司教様。実は司教様のお話を伺いたいという方々がいらっしゃっ…て…!?」
途中まで言いかけ、修行僧は呆気に取られた。部屋には誰もいなかったのである。
「そ、そんな…!!」
彼は慌てふためく。当たり前と言えば当たり前ではあるが。
「おいおい、こりゃ随分とまた意外な展開になっちまったか…?」
「…とにかく、こうなったらこの部屋の中を調べてみよう。何か手掛りが見つかるかもしれない。
あなたにも頼んで良いかな?」
カインは不意に修行僧にも声をかける。修行僧はいきなり声をかけられたのでびっくりしていたが、カインの申し出をすんなりと承諾した。
「ねえ皆、ちょっと来て見て〜」
捜索を開始してから10分ほど。ルキアが何かを発見したらしく、皆を呼び寄せる。
「ね、このベッド、何か動いた形跡無い?」
床をよく見ると、若干擦れた痕が床にあった。しかもこの痕は真新しいものもあれば、かなり前から付いていたものもある。
それだけ頻繁に動かしていたのだろう。タイルがボロボロになっている箇所もある。
「動かして…見るか?」
コウは皆に問い掛ける。しかし、言わずもがな。既に全員ベッドを抱えあげる準備をしていた。
「…皆さん気が早い事で」
苦笑しつつ、コウもベッドの縁に手をかける。
「せぇ…の…それっ!!」
カインの掛け声の下、5人は一斉に力を込める。一見しっかりしてそうな造りのベッドだったが、意外とあっさり持ち上がる。
しかし、持ち上げたはいいがどうすればいいかまでは考えてなかった。とりあえず、傷のあるタイルの部分にベッドを置いてみた。
その刹那。
ぐごごごごご…
突然、足元から低い音が断続的に鳴り響いた。まるで大掛かりな仕掛けが動いているような音である。
その音を伴って、近くにあったクローゼット付近の床がゆっくりと開いてゆく。
その床の開いた先には定番の地下空間への階段が設けられていた。
「ひょっとして…いきなりビンゴ、って奴??」
ルキアが呟く。
「とにかく、行ってみよう。何かあるはずだ」
カインの提案に、一同が頷く。
「と、その前に修行僧さんよ、アンタ名前は?」
「え、私ですか? 私はロック・ベレンといいます」
コウの不意の質問に修行僧は少し驚きながらもはきはきとした口調で答える。
「んじゃロックさん、こっから先は俺らだけで行くぜぃ。アンタは早く自分の部屋に戻りなよ」
「な、何故ですか!?」
「ここから先、何があるか私達はもちろん、あなたも知らないでしょう?
どんな危険があるか判らない場所に、あなたを連れて行くわけにはいかないの」
コウの意見に食い下がろうとするロックを、サラは落ち着いて嗜める。
「…判り、ました。皆さん、どうぞご無事で…」
ロックは渋々ながらもサラの意見を受け入れ、司教の私室を辞していった。
その背をしっかりと見送ってから。
「さあ、みんな行こう」
「ええ」
「おうっ」
「ほいほい〜」
カイン達はゆっくりと地下への階段を下りていった。
コウが炎の気法を発動させて照明代わりの小さな火の玉を作り出し、先頭に立つ。
そのすぐ後ろにカインが続き、さらにその後ろにサラとルキアが続く。
階段を下りた先は細長い通路が続いていた。しかもこの通路、緩やかに下っている。さらに地下へと向かっているのである。
しかもこの通路、奥に進むにつれて時折異様な臭いが鼻につくようになってきた。
血臭…と言うよりは死臭、いや、屍臭と言うべきなのだろうか。
何かの生物の肉が壊死して腐り落ちていくような、そんな臭いだった。
不快な空気を嗅いで、サラとルキアは露骨にしかめっ面をして口元をマントで塞いでしまう。
「何なの…この臭い…! 何だか嗅いでて凄い気持ち悪くなってくる…」
ややくぐもった声でサラが洩らす。同意の声は上げないものの、ルキアも大きく首肯する。
そしてそのまま歩く事5分程。4人は一枚の大きな扉の前にと辿りついた。
カインとコウが二人がかりで扉を開く。
扉を開くと…そこは何かの生物実験施設のような部屋になっていた。
そして、今まで漂っていた異臭はこの部屋が発生源のようである。
今まで以上に凄まじく、濃密な悪臭が部屋一体に充満していた。
その部屋の中に等間隔に並べられた、病院の手術用ベッドにそっくりの鋼鉄製のベッドのその上には。
野良犬や野良猫、野鳥といった動物達がバンドで固定されていた。
…仰向けにされ、腹部やら胸部やらを切開された状態で。
しかも、その傷口の中には明らかに動物の臓器ではないものが埋め込まれている。
何処となく、鳥の卵に似たような物体が。
「惨げェ…」
あまりの凄惨な光景を目の当たりにして、コウが呟く。
「…こう言うの見てると、何か凄いイヤな気分になるな…」
カインもコウに同意するかのように呻く。
ふと、サラがカインに寄り掛かってくる。顔を真っ青にして、涙をうっすらと浮かべながら。
しかし、そのサラの表情には紛れのない怒りが顕となっている。
「許せない…何も罪も無い動物達にこんな事をするなんて…!!」
「ああ…だからこそ、こんな馬鹿げた事は俺達の手で終わらせよう」
カインはサラの後頭部を優しく撫でながら、サラの怒りに同意する。サラもそれに頷く。
「ホント…アッタマ来るよね…こんなの見せられて」
「ああ、正直ムカッ腹止まらねェ…カイン、こんな部屋、とっととぶっ潰しちまおうぜ…」
ルキアに同意するコウ。言うが早いか、コウは既に錬気を終わらせていた。気法発動のスタンバイは出来
ているというわけだ。
「ああ…そうだな…やるなら徹底的に破壊しよう。二度とこんな事が出来なくなるように…!!」
普段はめったに怒りを顕わにしないカインも、珍しく怒りを覚えている。
ただ、コウのそれとは違って限りなく静かな怒りだが。
「そんな事をされては困る」
カイン達が施設を破壊するために気法を放とうとしたとした刹那。ふと、カイン達に声がかかった。
後ろを振り返ると、4人を襲った黒尽くめの姿があった。その人数、ざっと見て30人ほど。
しかもその後ろには、この教団の司教であるローハン・ティアギスもいた。心なしか、やや怯えた表情を浮かべている。
「てめェら…!!!」
コウが唸る。黒尽くめの集団の先頭に立っていた一人がカイン達を見据え。
「再三の忠告を無視してここまで来るとは…な。その蛮勇だけは褒めてやろう」
くっくっ、とくぐもった笑みを浮かべながら言う。
「悪いけど…ここは破壊させてもらう。二度とここで行われているような実験はさせない」
「なら止めてみろ…」
黒尽くめたちは覆面を剥ぎ取り、臨戦態勢に入った。同時にカイン達も武器を抜き放ち、臨戦態勢に入る。
「サラ、コウ、ルキア…みんな、行くぞッ!」
『OKッ!!!』