フキゲンdate

「明日は橙の日、楽しみだなぁ…カインとのデート!」
宿屋の一室で、窓に寄り添いながら、一人の少女が輝いた笑顔を浮かべている。
普段はリボンでポニーテールに結っている水色の長髪。愛らしい円らなライトブラウンの瞳。
彼女の名は、サラ・ブイ。

彼女が今しがた口にした「橙の日」。
これは、古くよりこの双造大陸グラストリアに伝わる風習である。
鳳凰の月の1日に女性から男性に向け、日頃の感謝と自らの愛を込めて菓子を贈るという風習がある。
これは「朱の日」と呼ばれている風習である。
そしてその30日後の鳳凰の月の31日。
今度はその贈り物を受け取った男性が、お返しにその女性に対して贈り物を贈る。
こちらが、先ほどサラが口にした「橙の日」という風習である。

サラは、朱の日に彼女の旅仲間である、カイン・ヴィクトリィに贈り物を送っていた。
幸いな事にカインはそれを喜んで受け取ってくれていた。そして、カインから3日ほど前にこのような提案を受けていた。
「橙の日には、一緒に街を出歩こう。サラの行きたい所、食べたいもの、なんでも付き合うよ」
ありていに言えば、カインはサラに対してデートを申し込んだのである。サラは二つ返事で承諾した結果が明日である。
「楽しみだなぁ…あ、そうだ。明日はこのリボン、着けていこっと」
そう言いながら、サラは荷物の中から一本のリボンを取り出した。やや濃いめの草色の、落ち着いた色合いのリボンだ。
このリボンは、彼女が以前誕生日にカインから貰った大切なものである。それゆえ、普段はあまり着けないのだが、こういう時には必ず着けていた。
「明日のデート、うまく行きますように…!!」
サラは手に取ったリボンに祈りをかけ、ベッドに横たわった。

日が明けて翌日。

宿から、一人の青年が出てきた。
うなじで一括りに纏められた、緑色の長髪。真紅の切れ長の瞳。落ち着いているが、人当たりの良さそうな表。
肩には、自身の身分証でもある、髪と同じ緑に染め上げられたマント。
彼が、サラの思い人であるカイン・ヴィクトリィである。
「サラと久々のお出掛けだ…ちょっと緊張するけど、楽しめるといいな」
呟きながら、サラとの待ち合わせ場所に向けて歩き出す。心なしか、その足取りは軽やかである。

サラと予め待ち合わせ場所にしていた、馬に乗った騎士の彫像の前。その場所には、すでにサラの姿があった。
「ごめんね、サラ。待たせちゃったかな?」
待ち合わせにちょっと遅れたことを詫びるカイン。サラは怒るどころか、顔に満面の微笑みを浮かべていた。 「ううん、大丈夫よ、カイン。私も今来たところよ」
カインが遅れた事も気にしていないようである。ちなみに、サラもカインと同様に、自身の身分証でもある、髪の色と同じ水色のマントを羽織っている。
サラの髪形は、普段通りのポニーテール。カインが自らサラに贈った草色のリボンで髪を結い上げていた。
「あ、そのリボン…俺があげたやつだよね。嬉しいな、使っててくれたんだ」
カインから贈られたリボンを着けていた事を気付いてもらえて、サラはご機嫌だった。
「もちろんよ!こんな素敵なリボンなんだもの、いつも使っていたいな」 サラはリボンを軽く結び直しながら、笑顔で答える。そんなサラを見て、カインは微笑みながらも恭しくサラに傅き。
「さあ、参りましょう、姫。このカイン・ヴィクトリィ、今日はあなた様の思うがままにお供いたします」
そのカインの仕草に微笑みながら、サラもカインの手を取って。
「ええ、参りましょう、王子様。私に着いて来て下さるかしら?」
「喜んで」
ちょっとだけ王族気分を楽しんで、カインとサラは手を繋いで歩き出した。

「さて、サラ。まずはどこへ行く?」
「まずは…お昼ご飯かな。なんとなくシチューが食べたい気分」
「うん、判った。それじゃあ何処かお店を探そうか」
そんなやり取りをしながら歩いていると、程なく一件のレストランを見つけた。
何気なくメニューを見てみると、タイミングのいいことに今日のおすすめメニューに「サーモンとエビのヨーグルトシチュー」と書かれていた。
この表記を見て、カインとサラは思わず顔を合わせる。そして、軽く笑う。
「サラのご希望があったよ…なんてタイミングのいい!!」
「ホント…タイミング良すぎよね…なんかタイミング良すぎて笑っちゃう」
二人はそのままこのレストランで食事をすることにした。二人とも、おすすめメニューに出ていたシチューを注文した。

「ふう…お腹いっぱいだ〜」
「ヨーグルト入ったシチュー、初めてだったけど美味しかったね、カイン!」
「今度みんなで作ってみようよ。うちのメンツは大食いが多いから、大鍋でシチューとか作ったら旨くなりそう」
「うん、そうしましょ! テティがいれば、基本的に料理は心配ないもんね!」
「そうだね、けど俺たちもきちんと手伝わないと」
「ちゃんと手伝うわよ〜! カインのいじわるっ」
そんな取りとめのない事を話しながら、二人は再び手を繋ぎながら街の散策を行う。

「あ、カイン。あのアクセサリー屋さん、寄ってっていい?」
ふと、一軒のアクセサリー屋がサラの眼に留まった。サラのおねだりに、カインは快く応じる。
「わ〜…綺麗…」
そのアクセサリー屋は金属や宝石ではなく、パワーストーンと呼ばれる、各種儀式事の際に使われたりする石を加工したものを販売する店だった。
ちなみに余談であるが、カインやサラも、自身の気法の力を強めるために、自身の行使属性にあったパワーストーンを持っていたりする。
カインもこういったパワーストーンを見て回るのは結構好きらしく、色々と変わり種の石を物色していたりする。
そんな中、サラは一対の指環に眼を奪われていた。
銀水晶ジルバクォーツで作られた指環に、それぞれターコイズとマラカイトがあしらわれた物である。
そんなサラの様子を見に来たカインも、思わずその指環の美しさに目を見張る。
「サラ…この指環、買ってあげようか?」
「え…いいの!?」
「うん、いいよ。ただし、どっちか一つ、俺がもらってもいい?」
「うん、もちろん! …あ、そうするとペアリング!」
サラはカインとお揃いの指環を手に入れて、非常にご満悦だった。
ちなみに指環の割り当ては、カインがマラカイトの指環、サラがターコイズの指環である。

アクセサリー店を後にして、今しがた買った指輪を互いの指に嵌めた刹那の後。

カァンカァンカァンカァンカァンカァンカァン─!!

突如、街の中に警鐘が鳴り響く。弾かれたように、カインとサラは街の様子に目を向ける。

「魔物だ〜!! 逃げろ〜!!」
「早く早く! こっちだ!!」
「誰か…誰かうちの子を知りませんか…!!」

突如、街の中に響き渡る悲鳴と怒号。と同時に、様々な魔物の叫び声も響き渡る。
「前へ出ろ! 魔物の侵入を少しでも遅らせろ〜!」
街の警備隊の兵士たちが出撃し、魔物たちに攻撃を仕掛け始めた。

「サラ…俺たちも行こう。少しでも街の被害を抑えるんだ!」
「…判ったわ!」
普段ならこういった事態に即座に反応し、戦いに向かうサラ。しかしなぜか今回に限っては、多少の逡巡が混じった。
ただ、その逡巡もすぐに振り払い、戦いへと向かう。

「カイン! 早く鎮圧するために二手に分かれていきましょう!」
「ああ、判った!!」
言うが早いか、サラは腰の後ろに収納していた折り畳み式の槍を取り出し、携えて走る。
カインも応じながら、腰の後ろに吊るしたホルスターからブーメランを抜き放ち、逆手に持ち替えながらサラとは別の方向に走る。

「カインとのデート…よっくも邪魔してくれたわね…許さないんだからっ!!」
サラはカインとのデートを邪魔されて、ひどく不機嫌になっていた。先ほどの刹那の逡巡も、これが原因なのだ。
「一気に片づけてあげる…覚悟なさい!!」
槍を振り上げながら魔物の群れにサラが切り込む。次々と魔物を撫で斬りにしていくサラ。その攻撃のリズムを利用して錬気と還元を同時に行う。
飛水針翔スプラッシュ・ニードル!!」
水の気法を発動させた大量の水の針を、魔物の群れに解き放つ。水の針にしとどに射抜かれた魔物たちは、次々と倒れ伏していく。
サラは怯んだ魔物の群れにさらに切り込む。しかし、今のサラは怒り心頭状態だった。それ故にあまり周囲が見えていなかった。
「!?」
ふと気づくと、数匹のマッドスパイダーの群れに囲まれていた。
「いや…蜘蛛、嫌い…ッ!! 来ないでぇぇぇぇッ!!」
サラは、蜘蛛が大の苦手だった。それは蜘蛛のモンスターが出てきてもすぐに対処ができない程である。
そして、その間は間違いなくサラにとって致命的なものになる…はずだった。

風矢撃エア・アロー!!」
ふと響き渡る、カインの気法を発動させる声。カインが発動させた風の気法によって放たれた風の矢が、次々にマッドスパイダーの頭部を射抜く。
「サラ、大丈夫か!?」
サラを助けに駆け付けたカイン。今の状況では、サラはまさしく彼女の王子様だった。
「うん…うん、大丈夫。ありがとう、カイン!」
カインに駆け寄り、思わず彼の腕にしがみ付く。サラは心理的に最悪の状況をカインに助けられた。
「さあ、サラ…一気に残りの魔物を退治するぞ!」
「うん、行きましょう、カイン!」

約一時間後。カイン達の活躍の甲斐あって、街の被害自体はごく最小限に留められた。
デートを邪魔されて不機嫌なサラが、街の広場にあるベンチに腰かけていた。
そんなサラを見かねて、カインが冷えたフルーツスカッシュを買ってきて、彼女の頬にその瓶を押し当てた。
その冷たさに、思わずサラはひゃっ、と声を上げる。
「もう…カインのいじわるっ」
「ごめんごめん。少しでも気を紛らわせようと思って」
カインとのやりとりで少し気分が紛れたのだろう。カインからフルーツスカッシュの瓶を受け取って、添えられたストローで流し込む。
果物の甘酸っぱさと冷えた液体の心地よさが、サラの気持ちをクールダウンさせる。

「サラ…まだ陽はもう少しあるし、夜までもう少しデートしようか?」
「え…いいの?」
「ああ、俺も少し…魔物たちにはムカついたからね。せっかくの橙の日を台無しにされたんだし」
「うん、それじゃ…改めて、行きましょ、カイン!」
「けど、その前に…」
そこまで言うと、カインはサラの事を優しく抱きしめて。

サラの柔らかな唇に、自分の唇を、重ねてあげた。

F        I        N


†筆者あとがき†

時期ネタと言う事で書いたホワイトデー小説です。
ネタとしては結構ありがちかな、とは思うのですが…実はGoGではあまりホワイトデー小説がないので珍しかったりします。
とはいっても今まででバレンタイン小説3本、ホワイトデー小説2本なので、今回の話でちょうどバランスが取れたわけですが。(笑)
しかし今回、バレンタイン&ホワイトデーで今まで焦点が当たることのなかったカイン君&サラちゃんのカップリングだったわけです。
この二人のネタはクリスマスで散々書いてるから…とか思ってたけど、やっぱりシチュエーションが違うと演出も変わって楽しかったです。
しかしなんで俺はこの二人のカップリングを書いた時、やたらとラストでキスをさせたがるんだろう(核爆)
俺の分身ゆえだからでしょうか←
ちなみにタイトルは、某歌姫の曲からヒントをもらいました。

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